その3

どこから来たのか分からない車にびっくり!

 南向馬頭観世音
 この切り通しを南に出た途端に
 南側が絶壁となる。
 昔,この付近は山賊が
 出たところと言われ,
 この険しい場所をすぎると,
 左手が岩場となり,
 そこにまた馬頭観世音が,
 道端にある。
 寛政三年十二月十九日
   坂本宿 施主七之助
 北向馬頭観世音
 馬頭観世音のあるところは,
 危険な場所である。
 一里塚の入口から下ると,
 ここに馬頭観世音が
 岩の上に立っている。
 観世音菩薩
 文化十五年四月吉日
 信州善光寺
 施主 内山庄左衛門 上田庄助
 坂本世話人 三沢屋清助
最初,南向観音が現
れ,その裏側へ道が
回り込むと今度は北
向観音があるよ。
神様の前を素通り出
来ないので,ママと一
緒になんまいなんまい。
背負子に乗った平次
もまねして,なんまい
なんまい。ボクたちが元
気に京都へ着けますよう
にってお願いしたんだよ。
(10時22分)
 一里塚
 座頭ころがしの坂を下ったところに,
 慶長以前の旧道(東山道)がある。
 ここから昔は登っていった
 その途中に小山を切り開き一里塚が
 つくられている
 座頭ころがし(釜場)
 急な坂道となり,岩や小石がゴロゴロ
 している。それから赤土となり,湿って
 いるので,すべりやすい所である。
狭くて暗くて歩きにくいよ(10時34分)
山の中で信じられないものを見てしまったよ。何でこんな大きな車
こんな所にあるんだろう?空からヘリコプターで持ってきたのかなぁ。
きっと,上から走って来たんだと思うけど,こんな所車で走れるなんて
本当に不思議だよ。ここから上はきっと車でも来れる平で広い道が
続いているのかな。(でも行ってみたけど狭くて急な道でした
)(10時37分)
  栗が原
 明治天皇御巡幸道路と
 中山道の別れる場所で
 明治八年群馬県で最初の
 「見回り方屯所」があった。
 これが交番の始まりである。
そろそろ,お昼も近くなってお腹が
空いてきたので,ここでコンビニの
おにぎりを食べて休みました。
だいたい平らな道なので,随分
楽になったけど,もう少しだよ。
(10時46分)
今日は9月の三連休なのに,めったに他の人とすれ違わなかったけど,
向こうから来たおじさんに挨拶したとき,おじさんの装備を見てパパが
中山道歩いていらっしゃるのですか?と声をかけました。そうしたら
ボクたちと同じように,中山道を京都から一人で歩いてきたんだって
東京の大田区に住んでいる
「やまちゃん」というおじさんも,ホームページ
を作っているから観てくださいっていってました。パパもこんな事は初めて
だと言って大喜びで自分のサイトのこと教えていたよ。右の写真は
おじさんが撮ってくれたもので,ボクたち四人がみんな写っている貴重な
写真だよ。おじさんのホームページはここをクリックすると観れます。
(11時27分)
  入道くぼ
 山中茶屋の入口に
 線刻の馬頭観音がある。
 これから,まごめ坂といって
 赤土のだらだら下りの道となる。
 鳥が鳴き,林の美しさが
 感じられる。
山道に突然今度は,綺麗な石垣が
現れたよ。階段があったりして,
最近まで誰かが住んでいたような
ところがたくさんあるんだ。山中茶屋と
関係有るのかなぁ。
(11時41分)
パパの腕時計によるとここの標高は900m,もうすぐ峠だけど
こんな所に小学校が有ったなんて信じられないよ。だって校庭も
見あたらないし,校舎もないし,人も住んでない寂しいところなんだもん。
さっきの石垣の上にも,たくさんの家があって子供もたくさん
いたんだろうな,回りじゅう森でこんなところで遊んだら楽しそうだね。
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