その2

刎石山への登りは、一番急な坂道

 刎石坂
 刎石坂には多くの石造物が
 あって,碓氷峠で一番の難所で
 ある。むかし芭蕉句碑も
 ここにあったが,
 いまは坂本宿の上木戸に
 移されている。

 南無阿弥陀仏の碑,
 大日尊,馬頭観世音がある。
 ここを下った曲がり角に
 刎石溶岩の節理が
 よくわかる場所がある。
9時19分
坂道はジグザグになっていて,そんなに急な感じはしないで登れるよ。
30分我慢して,パパの靴を見て頑張ったら,林の中から急に石が出てきたよ。
溶岩が作った
柱状節理っていうんだって,その前に石をたくさん積んだ
大きなピラミッドがふたつあるよ。
上り地蔵下り地蔵
 十返舎一九が
 「たび人の身をこにはたく
 なんじょみち,石のうすいの
 とうげなりとて」と・・・
 その険阻な道は刎石坂である。
 刎石坂を登りつめたところに,
 この板碑のような地蔵があって
 旅人の安全を見つめていると
 ともに,幼児のすこやかな成長を
 見守っている。
(9時21分)
薄暗い道に,こんな石碑があると,お墓みたいでボクはブルーに
なってしまいました。パパはもうすぐ急坂も終わりだと喜んでいましたが
早く眺めの良い明るい道になればいいなとボクは思いました。
ここはというところで,昨日ぼくたちが歩いてきた道がよく見えます。
くぐった高速道路や八幡さまの森,今日出発した円形のタンクもすぐしたに
よく見えるんだよ。でも,笹や竹なんかが伸びてきて本で見た景色みたいに
見えないとパパは怒っていました。そのうちに木が大きくなって見えなくなるかなぁ。
  のぞき
  覗
 坂本宿を
 見下ろせる場所で,
 山梨の老木がある。
 一茶は
 「坂本や袂の下の
         夕ひばり」
          と詠んだ。
初めてパパがちゃんとした休憩をしてくれた
ので,ホットしました。
(9時24分)
 弘法の井戸
 諸国をまわっていた
 弘法大師が
 刎石茶屋に水がないので
 ここに井戸を掘れば
 よいと教えたと
 伝えられている霊水である。
中山道から,右に20m位登った広場
の奥に有る井戸だよ。
(9時53分)
ママと柄杓で水をすくってみました。
でもこの水を誰が使ったんだろうね
 刎石茶屋跡
 ここに四軒の
 茶屋があった,
 現在でも石垣や墓が
 残っている。
井戸からすぐ上で道が平になったよ。
もうこれで急坂は終わりだって,その平らな
ところに茶屋跡が有りました。でも看板に
お墓があったなんて書いてあるから
ボクは益々ブルーになってしまいました。
(9時57分)
碓氷坂の関所跡
 晶泰二年(899)
 碓氷の坂に関所を
 設けたといわれる
 場所と思われる。
茶屋跡の暗い場所で休憩したけど
この場所は椅子や屋根もあって明るくて
休憩するには最適だよ。この前で
休みたい人はここまで頑張った方が
いいよ。
(10時00分)
茶屋を過ぎると,こんな平らな道がず〜っと続くよ。今までは杉の林だったけど
この辺からは広葉樹林になって,空も明るくなるから,ボクも元気が出てきたよ。
(10時05分)
 堀り切り
 天正十八年(1590)
 豊臣秀吉の小田原攻めで,
 北陸・信州軍を,
 松井田城主大導寺駿河守が
 防戦しようとした場所で,
 道は狭く両側が
 掘り切られている。
幅の広かった道が突然狭くなるよ。
両側とも崖になっていて落ちたら大変。
でも,むかしここで戦争があって敵を
防いだんだって。
(10時18分)


表紙へ 碓氷峠へ