お東・お西の両茶屋で、ボクたちは探検ごっこ



  江戸時代に参勤交代などで中山道を通行する大名や公家などが休息したところです。

  各宿場ごとにある本陣のような宿泊用の施設ではなく,休憩や昼食あるいは他の大通行が
 関所にかかっている間の時間待ちなどに利用されていたため部屋数は少なく,両家とも上座
 と呼ばれる書院造りの上段の間・下(次)の間・式台(玄関)・通り(入側)などを備えています。
 家族の生活の場は,勝手・茶の間・中の間・納戸などからなっています。また,茶の間に続く広い
 座敷は名主役宅として村役所の機能を果たしていました。

  五料の茶屋本陣は両家とも中島姓なので,土地の人は今も「お西」「お東」と呼んでいます。
 両家の先祖は共に天文年中(1540頃)諏訪但馬守が松井田西城に城を構えたときの家臣
 中島伊豆直賢と伝えられています。お西に伝わる慶長6年(1601)の「五料村御縄打水帳」に
 よると,すでにその頃五料村に土着し名主役を勤めていたことが分かります。

  両家とも代々名主役(二人名主制)を勤めています。天保7年(1836)から明治5年(1872)までは,
 交代名主制となり1年交代で名主役を勤めています。

  現在の建物は両家とも文化3年(1806)の大火で焼失し,同年中に再建されたものです。使用材は
 松材と杉材が主で大黒柱などにはケヤキ材を使用しています。東西に土蔵を配し鼓山を眺める南面
 の借景庭園はすばらしく,裏庭の景観も心なごむものがあります。


 五料の茶屋本陣パンフレットより抜粋  「お西」「お東」の違いなど詳しいことは是非現地へどうぞ!
ここの,お庭はスジになっていて足跡つけたら面白そうだったけど,きっと
入っちゃいけないような気がしていたんだ。でも弟はパパやママの手から
離れると,真っ先にお庭に飛んでいったから,パパやママたちは真っ青に
なっていたよ。こんなお庭でいろいろ描いて遊びたいと思いました。
ここは,入ってすぐの「
お西」です。これから中へ入って探検します。
入口を入ってそのまま裏に抜けると,そこにも綺麗なお庭が有ったよ。
池があって魚が泳いでいたから平次は大喜び。中に戻って靴を脱いで
座敷に上がってみました。いろりというのがあって座ってみたらパパが
座敷童子みたいだと脅かすからビビッちゃったよ。ちょっと中は暗いんだ。
平次がビビッたのは,このお馬さん。木で出来ているんだけど大きいし
入口のそばの暗いところにあるから気味が悪いよ。大きなお釜が載っているのは
昔のコンロなんだって,パパの田舎では昔使っていたんだって。
2階に上がる階段が有ったから,興味津々のボクは一人で先にあがったよ。
色々なものが置いてある展示室になっているんだよ。その中でパパが大声で
呼ぶから見に行ったらタダの木の箱を観て喜んでいるんだ。何か聞いたら
昔の冷蔵庫なんだって,この上のフリーザーのところに毎日来る氷屋さんから
大きな氷を買って入れて置いて,下に食べ物を入れるんだって。変な冷蔵庫!
ここは,最初の説明にもあった一番奥の「上段の間」です。廊下も全部畳で,
何処がお部屋なのかよく分かりませんでした。テレビも漫画も無いお部屋で
休憩してもつまらなかったんだろうなと思いました。いったん外に出て次は
「お東」へ向かうよ。途中も綺麗なお庭になっていて平次は大はしゃぎでした。
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こっちが「お東」だよ。庭は普通の砂利で入っても大丈夫だったので走り回り
ました。中も上がったけど,あっちのお家とあまり変わらなかったよ。でも「お西」
の方がチョット立派なような気がしました。「お東」は貧乏だったのかなぁ・・・。

11時18分〜11時45分

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