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| 和田多中町にさしかかると高速道路じゃないかと思った国道17号線のガードが 目の前に立ちふさがるよ。ここは六差路になってるけど,真っ直ぐ真っ直ぐだよ。 でも横断歩道を二回渡らなければダメだよ。ここを過ぎるといよいよ高崎だって パパが言ってました。ここで107.5kmもぼくたちは歩いたんだよ。もの凄く遠くまで 歩いてきたって感じだよ。でも倉賀野からの直線道路が終わって良かった。 11時49分 |
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| 今日は2002年4月29日。ゴールデンウィーク前半の三連休の最後の日なんだ, きっと行楽地は人で一杯だったと思うけど,高崎の町は人がいなくて静かだったよ。 ボクたちの旅も今回はここ新町の交差点でおしまい。電車で車を置いてきた熊谷へ 戻って,お家に帰るよ。連休の後半はボクの好きなことをやって遊ぶんだ。 だって,中山道はみんな一緒だから楽しいけど,いっぱい歩くから疲れるんだ。 12時15分 |
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| 第12日目 | 2002年7月13日 | ここから平次2才 |
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| 遠足があったり,運動会あったり,雨ばかり降ったりでなかなか来れなかったけど, 梅雨明け前だというのに宿屋を予約して,思い切って来たよ。実はパパが焦っているんだよ。 というのも,今平次の体重は12kg。毎日いっぱいご飯食べるからどんどん重くなるんだ。 これから碓氷峠と言うところを登るんだけど,平次があまり重くなったら背負って 登れないとパパは心配しているのさ。だから,毎日雨の空を見ながらため息付いていたよ。 今日は,そんな平次がいつもの中耳炎にかかり,朝からパパがお医者へ連れて行った から,出発が遅れて高崎のスタートが午後1時半になってしまいました。本当は9時ごろ スタートしたかったらしいのですが,平次が具合悪ければしょうがないね。遅いお昼を ロッテリアで食べて,出発したとたんに雨が降ってきたんだよ。でも,高崎の町は 歩道に屋根が付いているから,濡れないで歩けるんだ。 13時27分 |
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| でも,所々屋根が無くなって傘をささなければ歩けなくて大変だったよ。熊谷で風が強いときに バギーにビニールのカバーを掛けたんだけど,また今度も雨が降ったら掛けようとママは 思って持ってきたのに,平次はカバーが大嫌いになってかけさせてくれないから 大変でした。道の脇にこの連雀町の由来を書いた看板があってパパが写真撮ったから ここ 13時53分 |
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| 日本橋から110km 新町から田町を過ぎると本町三という信号があるから,ここで左に曲がって安中方面へ 進んでね。ここの看板には真っ直ぐ行くと問屋町,左へ曲がると渋川・安中って有るから すぐ分かるよ。曲がって418m行くと国道は右折だけど,ボクたちは真っ直ぐだよ。 信号の名前は本町一丁目だよ。ここから道は下り坂になって随分細くなるんだ。 14時09分 |
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| 坂を下り始めると,今までの大きな町が,嘘だったんじゃないかと思うほど 静かで昔っぽい町になるよ。この町は赤坂町というんだ。長松寺と恵徳寺の間を 400mほど続くよ。途中に「赤坂通り」「旧中山道」の看板があるから確認だよ。 14時13分 |
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| その赤坂通りに,山田文庫 すごく綺麗だよ。そしてすぐ常磐町の信号があるからここで右に曲がってね。 あとは,静かな道を12〜13分で君が代橋に着くよ。 14時17分 |
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