荒川土手からは富士山と浅間山が良く見えた。
 荒川土手は,江戸時代より前に小田原の北条氏が造ったんだよ。そして江戸時代に
中山道を決めたときに,この土手の道も中山道と定めたんだ。以外と歴史は古いんだね。
 熊谷宿は,太平洋戦争の時,アメリカ軍のB29に強烈な空襲を浴びてしまい。昔の家は
ほとんど残っていないんだ。でも頑張って今では立派な町になっているよ。
荒川土手に登ると,眺めがいいんだよ。ボクの家からはよく見える富士山
こんなところで見えたから驚きました。パパに後で計って貰ったら104.2km有りました。
ボクの家からだと73.2kmなんだって,でも前に山があまりないからここの方がよく見えます。

11時10分
後ろが行田駅前のライオンズマンションだよ。国道にはよく何キロという
標識があるけど,川にも有るなんて初めて発見。マンションの手前の木の
ところにあるのが,
荒川決潰の跡の碑だよ。ママが一生懸命読んでたよ。
11時17分
日本橋から60km
昭和22年9月にカスリーン台風と言うのが来て,ここで荒川の堤防が崩れ
海の近くまでの広い場所にお水がこぼれたんだって。堤防って大切なんだね。
昔のニュースとリンクさせたので,観てください。

11時21分
ここは,堤防の上で大きな車は来ないし,小さな車もたまにしか来ないから
安心して平次のバギーを押して歩けるんだ。北風はすっごく冷たいけれど
一生懸命押すと,ジャケットを脱ぎたくなるほど暑くなるんだ。とっても気持ちいいよ。

11時23分
ボクたちが向かっている方角には,榛名山。右手には赤城山,左手はこの写真で
少し見える雪で真っ白な
浅間山。権八地蔵で土手に登ってずっと見えるんだけど
4kmも歩くと,段々山たちが大きくなっていくのが分かるから面白いんだ。特に浅間は
富士山より小さく見えていたんだけど,今ではチョット大きく見えるようになったよ。

11時29分
ず〜っと眠っていた平次が,ここでとうとう起きて騒ぎ始めたので,風の弱い
土手の内側に降りて
20分間休憩。ボクも足が痛くなったけど,平次も座って
ばかりいてお尻が痛いんだろうなきっと。今日は喫茶店もないし,風が強いしで
全然休まないから,パパが休むと行ったとき嬉しかったよ。
遠くにず〜っと見えていた橋がゴールの久下橋だとパパが言うので近寄ってみたら
まだ地図に載っていない新しい橋でした。久下橋で土手を降りるんだけど,もう少し。

11時33分〜12時11分
こっちが本物の久下橋です。橋と言っても車が一台やっと通れる小さい橋だよ。
でもここで風の強い土手をやっと降りられるのでホットしました。土手の下に
みかりや跡という看板があったよ。ここをクリックして大きな写真見てね。
12時23分
土手を降りると風も止んで暖かいよ。住宅地の道を1.9km行くと今日のゴール。
途中で公園かと思ったら,
八丁の一里塚跡が有ったよ。マンションの谷間で目立たないよ。
12時57分
今日のゴールは,秩父鉄道の踏切手前にあるホテルサンルート熊谷
実は夕べここに泊まって電車で北鴻巣へ戻ったんだよ。家からここまで
車で来たから,楽だったし帰りもここに預かって貰っていた車で帰れるから
楽なんだ。平次も車の中で手足が伸ばせるからご機嫌さ。じゃあまたね。

13時00分
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