亀と結婚式を見られ縁起がよいとパパは喜んだ。

氷川神社ってボクの家のそばにもあるけど,ここの氷川神社が親分だとは知らなかったよ。
東京や神奈川に三百近くも有るんだって,本当に驚いちゃったよ。


  氷川神社

  氷川神社は,社記によると第5代孝昭天皇の3年4月未の日の創立と伝えられる。
 当社は,古くから歴朝や武将の尊崇をあつめた由緒ある大社としてその歴史を誇っており,
 「大宮」の地名もこの氷川神社に由来することは衆知のとおりである。
  古くは景行天皇のとき,日本武尊が東征のおり当地に足をとめて祈願され,また成務天皇の   
 とき,武蔵国造となった兄多毛比命が出雲族を引きつれてこの地に移住し,氷川神社を奉崇し   
 たと伝えられる。その後,聖武天皇(724〜49年)のとき「武蔵国一の宮」と定められ,つい
 で称徳天皇の天平神護2年(766)には,朝廷から武蔵国では当社だけに封戸(3戸)が寄進さ
 れた。さらに醍醐天皇の延長5年(927)の「延喜式神明帳」には,名神大社として破格の月次
 新嘗の社格が与えられている。
  このほか,鎌倉時代には治承4年(1180)に源頼朝によって社殿の再建と社領三千貫が
 寄進されたといわれ,足利,北条氏も相次いで尊仰した。その後,江戸時代の慶長九年(160
 4)には,徳川氏より社領三百石が寄進され,また,文禄五年(1596)と寛永七年(1667)
 には社領の整備と社殿の造営が行われている。
  その後,明治元年(1868)東京遷都に際し,当社を武蔵国の総鎮守「勅祭の社」と定めら
 ,明治天皇みずから親拝になった。同四年官幣大社となり,同十五年に本殿・拝殿などを改
 造し,さらに昭和十五年に本殿・拝殿・回廊などを造り変え,現在の景観となっている。
  祭神は須佐之男命・稲田姫命・大己貴命。
 例大祭は八月一日。そのほか神事の中で特に有名なのが十二月十日の大湯祭である。
  
  昭和六十年三月
                                             埼玉県
                                             大宮市
この並木道も,途中から一方通行になって,グリーンの歩道が両側に有るから
歩きやすくなるんだ。2kmもあるって看板に書いてあったけど,気持ちよくて
全然気にならないで歩けるよ。カラー舗装のおかげでバギーも揺れないよ。

10時26分

 大宮市氷川神社参道ふるさとの並木道

 昭和55年3月25日指定

 身近な緑が姿を消しつつある中で貴重な緑を私たちの手で守り,次代に伝えようと
 この並木が「ふるさとの並木道」に指定されました。
 氷川神社は武蔵国一の宮として知られ古くから人々の厚い尊敬を受けています。
 並木は神社の歴史的,文化的遺産と一体となり,本県でも有数のふるさとを象徴
 する緑です。
  並木の延長は,約二キロメートルに及び,ケヤキ・スダジイ・エノキ・クス等の
 多種類の樹種で並木が形成されているところに特徴があります。
  今後も皆様の手でふるさとの並木道を守り,育ててくださるようお願いいたします。 

     昭和55年10月         埼玉県
歩いていると「七丁」なんて書いてある石の柱があるんだ。10丁で終わりかと思ったら
16丁くらいまであってがっかり,丁って距離だったんだ。右の写真は国道16号沿いの
二の鳥居なんだけど,高さは13mもあって木造では関東で一番高いんだって。
10時41分
日本橋から30km
太鼓橋を渡ると,いよいよ本殿だよ。でもその橋の上で下を見たらびっくりしました。
池の中の岩かと思ったら,全部「
亀さん」何匹いるか分からないほどたくさんいて
みんな首を伸ばしてひなたぼっこしてるよ。前をみたら又びっくり。今度はお嫁さんが
来たんだ。ぼく
お嫁さん見たの初めてだったからどきどきしちゃった。
11時07分
平次が,おみくじ引いたら「平」というのが
出てきてみんなで悩みました。
「大吉」とか「中吉」というのは知っているけど
「平」なんての初めて。
平次が引いたから「平」なのかなぁ。
パパもママも分からなくて首ひねっていました。
帰りが門を出てすぐ右に曲り,旧中山道に合流する
ために住宅地の中を少し歩いたよ。
お守り
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