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歩き始めてすぐの所に 廓信寺というお寺があります。そのお寺の門のそばに
下のような看板があったので,読んで貰いました。そしたらボクの好きなお芋の
話が書いてありました。サツマイモって九州のものだと思っていたら,この辺でも
ドラマがあったので驚きました。今度は「ベニアズマ」の話が聞きたいです。
10時33分 |
サツマイモの女王
紅赤の発祥地
江戸時代以来,関東でサツマイモといえば川越で「アカヅル」,「アオヅル」といういい品種を持っていた。
ところが明治31年(1898)秋,浦和市北浦和(当時の木崎村針ヶ谷)で,それ以上の芋が発見された。
発見者はここの農家の主婦,山田いち(1863〜1938)だった。いちは皮が薄紅色の「八ツ房」を作って
いた。それを掘っていると皮の紅色がびっくりするほど濃く,あざやかで美しいいもが出てきた。八ツ房が
突然変異したもので,形も味もすばらしかったため大評判になった。いちの家の近くに,いちの甥で
篤農家の吉岡三喜蔵(1885〜1938)がいた。この新しいいもに惚れ込み,「紅赤」と命名,それを広める
ことを使命とし,懸命に働いた。そのため紅赤(俗称,金時)はたちまち関東一円に普及,「サツマイモの
女王」とうたわれるようになった。川越いももむろん紅赤になり,その名声はますます上がった。
昭和6年(1931),山田いちは財団法人,富民協会から「富民賞」を贈られた。それはわが国の農業の
発展に貢献した人に贈られるもので,農業関係では最高の賞だった。今年,平成10年(1998)は紅赤
発見から百年になる。さしもの紅赤も最近は新興の「ベニアズマ」に押されて振るわなくなっが,この
いもほど寿命の長かったものはない。そこで山田・吉岡両家の菩提寺で,紅赤発祥の地にある廓信寺
の一角に,この功績業内板を設置することになった。
平成10年9月吉日
川越サツマイモ商品振興会
川越いも友の会
浦和市教育委員会
廓信寺
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今月,浦和・与野・大宮市が合体してさいたま市になったと,お父さんが教えてくれました。
さいたま市の「さ」は, を使っているみたいだけど,学校では という字を習ったので,
どっちの「さ」が正しいのかボクは分からなくなってしまいました。お父さんは,どっちも
正しいなんていってるけど,そんなのってありかよ〜って言いたくなってしまいました。
そんなことを言っているうちに,ボクの頭はどんどん痛くなって,歩く元気がなくなって
しまったので,ママに言ったら「あら,熱が有るじゃない!」ということで,ひと駅歩いた
与野から帰ることにしました。だから最初から頭痛いって言ったじゃないかと言いたくなりました。
11時02分 |