その2

中山道ふれあい広場のからくり時計はすごいよ〜。

蕨宿を進んでゆくと,やがて国道と合流します。その合流するところにあるのが「中山道ふれあい広場
洒落た交番の後ろに,ひの見やぐらと,説明の看板,そしてゆっくり休めるベンチなどがあります。
ぼくたちが,ここに付いたときは午前11時40分。あと20分待てば「
からくり人形」が観れるというので
ゆっくり休みながら,待つことにしました。そして,20分後音楽と共に,下にいた火消しの人形が
くるくる回りながら,
ひの見やぐらを登って行きました。上に付いたら曲芸でもしてくれるのかなと
期待しましたが,なにもしないでそのまま降りてきたので,少しがっかりしました。でも,綺麗な絵や
お人形を見ながらゆっくり休めたので,ぼくは満足でした。お腹も空いたので,目の前にある,
華屋与兵衛」でお寿司を食べました。
11時36分
蕨宿の成り立ちと形態
蕨宿の成立の時期には主節が諸説がありますが,慶長17年(1612)成立と言う説が
有力と考えられています。天保14年(1843)の蕨宿は,総家数430軒,人口は
2223人でした。大名・公家など身分の高い人々の宿泊施設である本陣が2軒,脇本陣
が1軒,一般の旅人の宿泊のための旅籠が23軒有りました。また,旅人と荷物を輸送する
事務を行う問屋場と高札を掲げる高札場が1カ所ずつありました。蕨宿は宿役人がおかれ,
交代で問屋場に勤務して,乗り継ぎをする馬や人夫の用意,物資の輸送,周辺の村からの
人馬の動員などを行っていました。

蕨宿のまちなみと人々の暮らし
蕨宿は中心部の町並みが南北10町(約1090m)で,宿の周囲を用水堤で囲み,外部の
攻撃から守れるようにしてあるのが特徴でした。この堀は防火用水の役割も果たしていました。
蕨宿には青物,穀類,菓子,油,荒物,材木など様々なものを商う店があり,他にも豆腐屋
煙草屋,髪結いなど色々な職業の人々が暮らしていました。毎年7月11日と12月26日には
市が立ち,にぎわいを見せました。


ふれあい広場の解説より
からくり火の見やぐら
以前,中山道沿いには3つのひの見やぐらがありました。蕨の町を見下ろす
高さ10m以上の鉄の塔は,この地域のシンボルであり,わんぱくな子供たちに
とっては,遠くの景色を見渡せる展望台でもありました。このひの見やぐらの想い出を
からくり仕掛けで再現しました。ひの見やぐらの火消し人形は,下の時刻になると,
音楽と共にひの見やぐらを登って行き,その後蕨宿の家並みに降りてきます。
・月曜日から金曜日 午前8時/10時/正午/午後3時/6時
・土曜日と日曜日 午前10時から午後6時の毎時
平次は,パパの背中で揺られてばかりで疲れたので,地面にママのコートを敷いて寝かしてあげました。
のどが渇いたらしく,美味しそうにほ乳ビンのジュースを飲んでいました。
しゃれた交番の前の横断歩道を
渡れば,
国道17号を横切って再び静かな旧道に入ります。この前にあるファミレスで休憩するのも良いよ。
12時51分
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