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天皇誕生日の12月23日、晴れていたけど風が強く寒い日、ボクたちは小田急線の
経堂駅から、桜上水の支川が遊歩道になった道を通って、日大文理学部へ行きました。
パパは井上ひさしの四千万歩の男以来、伊能忠敬のファンになったから、
この展覧会を楽しみにしていました。中山道を数秒で歩けるんだぞって言ってますが
ボクには何のことか分かりませんでした。でも行ってみてビックリ!
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| 体育館の中にとんでもなく大きな日本地図が有りました。 2001年にアメリカの議会図書館で大図207面が発見され、 これを国土地理院がコピーして持ち帰ったんだよ。 体育館の中にこれらの地図を敷き詰めてビニールシートを かぶせてみんなが歩いて見られるように展示してあるのです。 |
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| ボクも、早速東京を探して、知っている地名をたどって、京都まで歩きました。 宿場はもちろんのこと、小さな村の名前まで書いてあって驚きました。 パパが言っていたとおり急いで歩けば中山道を10秒で歩けました。 琵琶湖の端から端までが、だいたい60kmだから、ボクの身長は80kmかな。 ボクの顔の位置は、もう宇宙なんだって。もの凄い巨人になっちゃった。 |
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| 佐武もいつものバギーで参加したんだけど、途中で眠っちゃったから 中山道を歩くことは出来ませんでした。佐武が寝ている間に 伊能忠敬さんと記念撮影です。 |
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伊能忠敬さんは、千葉県の九十九里町に生まれました。
一八才になったとき、千葉県の佐原市の商家に養子に行って
それから大活躍して、運送業と酒造業で成功しました。
また村の人々を助け、村の人達からも尊敬されていました。
そんな忠敬が50才になったとき、家のことをみんな息子に任せて
ひとり江戸へ出て深川の高橋さんという天文台の責任者の
弟子になりました。56才になったとき、江戸を出発して北に向かい
東北や北海道を測量しました。それから日本中を測って廻り
70才になるまで頑張って日本地図を完成させました。
漫画のような地図ではなく、本物の正確な地図を日本で初めて
作ったのです。会場には忠敬さんが測量に使った道具が
展示してありました。そして測り方も展示してありました。
ボクにはとても難しくてよく分からなかったけど、
地図が大好きなボクは、自分で地図を作って見たくなりました。
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