中山道の一里塚

中山道に限らず、街道と言えば一里塚と言うくらいに、街道歩きにとってシンボルのような存在である。
もちろんこれを造ったのは江戸幕府。「慶長九年二月、下
令東海東山北陸三道毎里置候」
慶長六年から道路を整備し、並木の築造と合わせ、一里塚は造られてきた。
五間四方、高さ十尺、旅行者の便を図り、塚の上には木が植えられた。東海道は榎木、中山道は
榎木と松、日光街道は杉、と言う具合である。塚と塚の間は、三十六町、一里である。
その距離は3.92727273 キロメートル。
草津で129里、1里4kmとして516kmと書いたが、正確には506.6kmと差が出る。

ボクたちが見つけた中山道の一里塚は、東海道の分3ヶ所を入れて、67ヶ所になる。
その中で、ボクたちが一番気に入ったのは、第59里・平出の一里塚。
大きさと言い、高さと言い、また旅人が休める木陰、そして周囲の景色。満点を上げたい。



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