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宮川の交差点で国道と分かれると、街道は茅野駅前をめざし商店街の中を行きます。 交差点から2分ほど入ると、左側に鈿女神社と三輪社があります。 提灯にもおかめの絵が施され、お多福ともいわれるように商店街の人々は 縁起の良い鈿女を大切にしているようです。松川村より分社したとありますが、 その本家鈿女神社は大糸線北細野駅に西にあり、この駅が開業した昭和5年当時は おかめ前駅という珍しい名前の駅でした。 |
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同じ境内にあるのが三輪社で、こちらは古く今から約810年前、大和の国の三輪神社から 神様を分けてもらったとあり、宮川・茅野地区の産土神になっています。 この建築が類を見ないもので、本殿の屋根が前方に大きく張り出しているのが特徴です。 作は大隅流の建築家矢崎玖右衛門で、前頁の酒室神社と同じ作者ということになります。 同じく境内には丸い石に彫られた古い道祖神があり、天鈿女命と猿田彦のカップルと いうことを勉強し、なるほどと感心しながら拝観しました。 |
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やはり境内の片隅には明治天皇小休所跡の碑があります。明治十三年、山梨御巡幸の折 ここにあった五味三郎宅で、1時間休憩されお茶を召し上がっていったそうです。 現在はその建物は無く、三階建ての不思議な蔵がありました。 |
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小休所の向かいは丸井伊藤商店というマルイ味噌の味噌蔵です。 ここは工場と店舗を兼ね、中に入ると独特の香りに包まれます。 貧乏神神社は、この工場の一番奥にあり、参拝するには工場内を 通過してゆかなければなりません。そもそもこの神社は櫻井鉄扇により 長野県飯田市に作られたもので、平成10年に創建の新しい神社です。 脱サラし苦難を乗り越えてきた鉄扇に感銘したここの当主が分社した 貧乏神をこの味噌蔵に祭ったものでした。拝み方は三回叩き、 三回蹴っ飛ばすという乱暴なもので、普通の神様とはずいぶん違います。 |
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すっかり長居した鈿女神社ををあとに街道を進むと、上川橋の交差点。 その先に北八ヶ岳を水源とする上川があり、これを渡れば茅野駅はすぐそこです。 |
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橋の上から東(上流)を望むと、隣に中央本線の鉄橋が見えます。この鉄橋の右 黒い屋根の上に少しだけ見える土の斜面が、御柱祭上社の木落しです。 遥か昔、中央本線で向かった北アルプスへの帰り道、鈍行列車がここを通りかかると 車掌がアナウンスしました。「今から木落しが行われます」と、そして列車は数分間 この場所に停車したのです。御柱祭を知らなかった小生は、特等席でこの木落しを 見て感激したものです。それから数十年後の2004年4月3日12時10分、再び この上川の土手に立ってその木落しを見ることができました。 |
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駅手前右側の更科では50分ほど昼食のための休憩をとり、再び街道を歩きます。 200mほどで茅野駅前になります。そこには佃煮の丸平支店があり、ご当地ならでの くるみ、いなご、鯉、ワカサギ等の佃煮が並び増す。駅前には、ベルビアという商業施設が 聳え立ち、駅はその陰で見ることはできません。向かいには諏訪大社上社の大鳥居が目立ちます。 |
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右にあるベルビアを抜けた茅野駅西口交差点です。そのまま真っ直ぐ行くのが街道の ように見えますが、ここは矢印の方向、斜め右へ進みましょう。 |
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すぐ右側には大年社があります。この神社は諏訪大社の末社で、四月二十七日御座石神社の 矢ケ崎祭り(濁酒祭り)の日、饗膳が整うと狼煙を上げ、それを見てここを詣でることになるといいます。 この神社は、御座石神社と同じく諏訪大社と関係が深いにもかかわらず、不思議なことに御柱が無く、 7年ごとに、この素朴な鳥居を立てるのだそうです。大年社の先はT字路になって突き当たりは アルピコグループの諏訪バス営業所になっていて、しきりにHightland Shuttleが出入りします。 街道はここで枡形となり、直角に左折し、その先で右折、西口交差点からの道に合流します。 |
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