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清水橋バス停から300m国道を行くと木船の集落に入ります。集落は国道に沿って800m
程続きますが、そこにはいろいろ面白いものもあるので、注意して観察しましょう。
入口左側には
古い常夜灯が集落に入ったことを告げます。続いてバス停木舟には
自動販売機より少しだけ高い火の見櫓があり、立派な
半鐘が下がっていました。
右側の民家の庭先には大きな
布袋様があり、左に眼を転じると立派な古い門があります。
集落の中ほど右の小径の先に線路をくぐる場所が見えたらその入口角に
お地蔵さん
いました。かなり古そうなお地蔵さんですが、これがビックリ!どう見ても
涙を流しているように
しか見えません。
両目と耳から黒いしみが滴り落ちているではないですか、
もしかしたら有名なお地蔵さんなのかもしれませんが、詳細は分かりませんでした。
お地蔵さんの先には道路をまたぐように
大きな火の見櫓が立っています。


集落の終わりには
タイヤショップ茅野があり、国道は左にカーブして山の中へと
向かいますが、甲州道中はタイヤショップの手前を、Uターンするように坂を登ります。
登ってゆくと
大きな石碑があり、ここにも鉛筆のような御柱が立っています。


すぐにJR中央本線の上を越します。橋を渡りきったらすぐ左折し線路に沿って
下ってゆきましょう。本来の道はタイヤショップの先から斜めに線路を横切る
のですが、線路ができたとき、その道は消滅してしまいました。


変電所の前で小さな川を渡ると、東陽モータースの車たちの中を過ぎ、
田舎道へと入って行きます。頭上には東洋バルブ茅野工場へと向かう
立派な橋が。


橋をくぐると、
宮川に沿ったのどかな道になります。富士見に端を発した宮川は、諏訪湖へ注ぎ
天竜川となって太平洋に向かいます。釜無川では上流へ上流へと向かってきましたが
今度は流れの方向へ進んでゆくので、ボクたちがいたら葉っぱを流して大騒ぎだったなぁと
ボクたちがいない街道歩きがちょっぴり切なくなってしまいました。


こののどかな道は、田圃や赤松林をを見ながら
小早川橋を渡り、南無阿弥陀仏碑を見つけると
そろそろ終わりになります。こんな小さな宮川ですが、何か釣れるらしく釣り人もいました。


早川橋を渡れば交通量のある道に突き当たります。真っ直ぐ行くと坂を
登って向ヶ丘の住宅地へ入ってしまうので
宮川に沿って左折します。


宮川の向こうを走っていた
中央本線が宮川を渡って街道に近づきます。
100mも進むとその中央本線は街道の上を通って茅野駅へと向かいます。


線路をくぐると、300mほど線路と一緒に進み、やがて線路が離れてゆくと
国道20号の
宮川坂室交差点です。その手前宮川の土手に綺麗は花が咲いています。


交差点右側には古い石仏と秋葉山常夜灯が並びます。


宮川坂室交差点から国道を歩いてゆくと、すぐに
弓振川を渡り、坂室の交差点に出ます。
ここの右の角には
坂室公民館があり、その前の道を右に行くと酒室神社がありました。


雨降り塚と中央本線


 
市指定史跡 酒室神社
                                                        昭和四十四年11月一日指定
  
酒室神社は、御射山祭りに濁酒を作り、山の神に供える前夜祭をとり行った神聖な地に
 祀った神で、酒解子之神を祭神とする。
  酒室は御射山の入口に位置し、御射山は通称「はらやま」で、諏訪明神のみ狩神事の
 祭場である。年四度のみ狩が定められ、これを「みさやままつり」または「はらやまさま」と
 呼ぶ。四度のみ狩とは、押立み狩・御作田み狩・穂屋のみ狩・秋尾のみ狩である。このうち
 最も盛大な神事が穂屋のまつりで、旧暦七月二十六日、現在は八月二十六日に行われて
 いる。武術を奨励した昔は、諸国から守護・持頭・代官職等が多数参加し、祭の催しには、
 的矢・流鏑馬・角力等が行われ、露店や芸人が集まり、そのため槍隊が出て警護にあたっ
 たと云われる。参詣人をかぞえる大草(すすき)さずけの儀が行われ、神事が終わると一同
 勢揃いして弓振川で弓を清め、御射山にのぼりみ狩が行われた。
  神殿は文政八年(1825)大隅流の建築家矢崎玖右衛門の建築したものである。なお境内
 の東の隅に「雨降り塚」と呼ぶ古墳があり、明治三十四年に発掘された。
    昭和五十二年三月
                                           茅野市教育委員会

 

神社の境内の倉庫には、例のめどでこが保存されていました。
これには信濃之国一之宮 諏訪大社 御柱御用とあります。
あの日川を渡った御柱のめどでこなんでしょうか。


中央自動車道を諏訪に向かって走ってゆくと、最高地点を過ぎると下り坂になり
諏訪インターが近づく辺りで景色が広がります。その風景が、街道でも見られました。
正面の山々は甲斐駒ケ岳続くもので、杖突峠を越え高遠への道、そして有賀峠を
越え辰野への道がこの山々を通っています。


街道である国道は茅野や諏訪インターが近づいたのかにわかに車の量が
増えてきました。狭い歩道を進んでゆくと頭上に大きな
中央自動車道の高架
出てきます。これをくぐれば茅野駅も近く、国道には東京から192kmの道標がありました。


中央自動車道から500m、宮川の交差点です。ここで国道とは別れ旧道へ
真っ直ぐ黄色い矢印の方へと入ってゆきます。900mほど行けば茅野駅です。