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甲州道中では初めての宿泊。したがって朝の散歩もこれが初めてです。
思えば、中山道の近江八幡以来、もう2年が過ぎていました。
知らない土地で目を覚ましたら、まずは周辺の散歩に出かけましょう。
ここは、地図A地点。田圃の向こうにローソンと白州総合会館が
そして遥か彼方には八ヶ岳が良く見えます。


C地点にやってくると、路傍には石仏、お花畑の向こうは鳳凰三山です。


尾白川を渡り返すE地点、D方向に甲斐駒ケ岳が川の上流にそびえます。
尾白川に架かる橋から川を覗き込んでびっくり。「これが川?」と言うほどの
透明度、そのまま飲めそうな清らかさです。東京にはこんな川はありません。
次はボクたちを連れて遊びに来たいものです。


戻って国道を横切り、今度は釜無川を見に行く途中、振り返れば鳳凰三山から
甲斐駒ケ岳、鋸岳の稜線が大パノラマとなって遠望できます。
2.5kmの道を1時間ほどかけ、のんびりと朝の台ヶ原を楽しむことができました。






それでは、時計も7時30分になったので、甲州道中へ出発です。梅屋旅館からは5分ほどで
国道へ出てしまいますが、その手前50m、
火の見櫓の下を右折しましょう。
ここからは、白須上の集落になります。松や蔵の立派な家が並びます。


ちょうど集落の真ん中あたり、右側に古い建物があり、そこには
白州町
第一稚蚕共同飼育所と書かれています。日本の養蚕は福島県伊達市梁川町
から始まりました。幕末から昭和初期にかけて隆盛を極めた養蚕も、化繊に押され
斜陽となってゆくのですが、この建物を見ると、かなり最近まで養蚕業が営まれて
いたことを物語っています。稚蚕の共同飼育所とは、蚕の1齢幼虫から3齢幼虫を
村共同で大量に飼育できるよう工夫が凝らされた建物です。この頃の蚕には
温度・湿度の管理が非常に大切で、中村善右衛門が発明した蚕当計を用い
この小屋で寝泊りしながら管理したのでしょう。共同飼育所は特に群馬県に多く見られ
字単位であったと言われていますが、甲州道中で現存する飼育所はここだけです。


やがて、街道は台ヶ原の台地を抜け、前沢の集落へと下ってゆきます。
正面には
七里岩の荒々しい岩肌が行く手をさえぎるようにそびえます。


坂を下りきると、田園風景の中へ飛び出したような開放感に溢れます。
現在時刻は7時45分、
白州小学校へ向かう児童たちは、見知らぬ我々に
大きな声で挨拶してくれます。20人ほどの子供たちが3つのグループに分かれ
集団登校をしていました。首都圏ではすっかり見られなくなった光景です。
写真右は、我々が下りてきた坂へ向かう子供たち、毎日こんな風景の中を
のんびり登校できる子供は幸せです。ボクたちはバスと電車で登校というのに。


一直線の伸びる前沢の集落はとても長く感じます。それは全て緩やかに続く上り坂
だからでしょうか。中ほどにある食料品の
林屋商店は、古い建物と新しい建物が街道を
はさんであります。自動販売機もあったので、早速、500mlのペットボトルを2本買って
ザックのポケットに装備しました。快晴の今日は気温もぐんぐん上がっています。
やがて、街道左側に
玉斎吾七という人に歌碑らしきものがありましたが、
この人がどういう人なのか説明が無かったので分かりませんでした。右側の松林の中に
南妙法蓮華経の石碑が現れたら国道はもうすぐ、前沢上の交差点で国道20号へ
飛び出します。そこからは460m国道歩きになりますが、歩道もあり安心です。


国道へ出てすぐに神宮川を濁川橋で渡ります。何で神宮川に濁川橋なんでしょう。
これには逸話がありました。神宮川に沿って広大な敷地を保有するのはサントリー、
白州のウィスキー工場です。そのサントリーが濁川を神宮川と改名したそうです。
理由は、大正9年の創建以来、東京の明治神宮の斉庭敷設用の玉砂利をこの
神宮川上流で採取していたからで、住民の改名要望に企業イメージアップを図るため
サントリーが後押しし実現したと言われます。今でも毎年ここの玉砂利を奉納して
いるそうです。確かに濁川の玉砂利では、印象が良くありません。

この写真にカーソルを合わせると、ボクたちの夏休みが観られます。
そうなんです、この神宮川の上流はボクたちの遊び場だったのです。
毎年、信州の別荘へ行ってここまで川遊びに来るんです。
誰もいない白砂の河原と綺麗な南アルプスの天然水はボクたちだけのもの
駐車場だって貸切なんだ、ここへ来ればボクたちに遭えるかもしれません。


橋を渡れば、右側に早速サントリーの製樽工場が現れました。中を覗いてみると
樽になるためカットされた木材がびっしりとそのときを待っていました。
ウイスキーの樽は樹齢100年のオークで作り、70年使うと言われています。
オークは日本で言えばミズナラで、樽に使うものは北米の
ホワイトオーク
写真では右側の白っぽく山積みされた木材が樽の原料で、左の濃い色の木材は
それを乗せ運ぶためのパレットです。ここでもプラスチックのパレットを
使わないのはウィスキー造りのこだわりなんでしょうか。


製樽工場の先で旧道は右へと入ってゆきます。ここで国道の方を進むと
サントリー白州蒸留所(DISTILLERY)があります。お酒大好きな
我々ですが、朝からウィスキーを飲んでいたら先へ進まないので
横目で通り過ぎることにしました。


街道沿いは元気な赤松が森を形成しています。松が途切れると右側に広大な
グランドが現れました。これはサントリーの厚生施設ではなく、
白州町の
総合グラン
。ナイター設備も完備した立派なグランドです。


旧道は荒田の集落へと入ってゆきます。常夜灯の多い集落で短い間に3つもあります。
左を覗くと国道の信号手前に石の鳥居が見えます。


松山沢川はサントリー蒸留所の神宮川の反対を流れる川で、美しい小川です。
草の土手にはさまれた、こんな川が近所に有ったらボクたち喜びだろうなぁと
思いつつ、橋を渡ってゆきます。


開けたところで、国道20号から小淵沢駅へ向かう新道を横切ります。
50m左は国道の
荒田という交差点、この先は教来石で下教来石の交差点まで
旧道を進んでゆきます。広々としたのどかな田園風景の中は気持ちの良いものです。