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大武川は甲斐駒ケ岳と鳳凰三山には囲まれた流域を水源とし、この牧原で釜無川と
合流します。小武川と挟まれた地域は北杜市武川町。南アルプスの天然水で栽培した
武川米は、いままで食べたことの無い美味しいお米と言うことが、今夜の台が原宿の
旅館で分かりことになるのですが、そのことをまだ知らない我々は、水田には目もくれず。


国道20号の上円井交差点からは国道歩きです。最初に目に付くのはこの御座石鉱泉への
案内板。この小武川を遡るとやがて渓谷は二股に別れ、右へ登れば御座石鉱泉、左に
登ると青木鉱泉です。共に甲州街道から見ると前衛の荒倉山の向こう側、韮崎射撃場から
鳥居峠を越えて行くのが南回り、そしてこの
小武川が北周りの入山ルートです。
青木鉱泉からはドンドコ沢を登って、御座石鉱泉からは燕頭山を越えて、どちらへ行っても
地蔵ヶ岳直下の鳳凰小屋へ登ることができます。しかしこのルートはかなり急なので
下りに使ったほうが良いかと思います。


小武川橋の真ん中には、橋の手すりに東京からの距離を現した道標があります。
この橋を渡れば、韮崎市ともお別れ、
北杜市武川町に入ります。橋を渡った直後、右折しましょう


橋の上からも見えていたのが、このこげ茶色のログハウス風建物で、
この前を左に入って行くのが甲州道中、ここから
宮脇の集落へと入ってゆきます。

宮脇は直径350mほどの中に民家が集中したこじんまりした集落で、
歩いている人もいない静かな街です。街を抜けるところに
黒沢川を渡ります。


宮脇の集落は760mほどで、再び
国道20号へと合流してゆきます。
その合流地点右の道端に小さな石碑があります。本当に見落としそうな石碑ですが
これが急甲州街道一里塚跡の碑で、甲府より六里なので
六里塚とも言うそうです。
そもそも甲州道中は、甲州ということで、日本橋から甲府までだったのではないでしょうか。
その先は、めったに旅人も通らぬ北国街道で、その街道ではこれが本当の六里塚では
なかったのではないでしょうか。この先に七里塚もあることからそんな推測ができます。


国道20号を260m行きます。その途中右側にあった麦畑、見事な麦秋を演じています。
米で有名な武川町に、こんな
素敵な麦畑があるとは・・・。


道の駅ではなく、町の駅がこの武川町農産物直売センター
武川村米の郷」です。
ここから旧道は再び右の道へと入って牧原町の中心部へ向かいます。
のども渇いたことだし、面白い農産物はないかと休憩も兼ねて寄ってみることにします。


ここでは、
幻の米、武川米を販売していますが、歩くたびの我々には米は重たすぎるため
帰ってからホームページより武川米(農林48号)を注文してみました。秋になり新米が出たら
また注文してみたいと思います。なまこ壁のトイレも完備しているので、街道ウォーカー
にはありがたい休憩所です。もちろん駐車場も広いので、是非車でどうぞ。


牧原の旧道は840mほどで国道へ戻りますが、途中
旅館の近江屋があるので旅人には
利用できるでしょう。その隣が
山本釣具店(写真左)で、釜無川の入漁券を売っています。
釣りが好きなおじさんたちは、思わず除いてしまいます。静かな町並みの中、面白い
見越しの松がありました。どうしてこんな形になってしまったのでしょう。


旧道を抜け歩道橋のある国道へ出たら、歩道橋の下をすぐまた旧道へと入ります
今度の旧道は180m真っ直ぐ進みます。そのままゆくと大武川に突き当たるので
交番の前を通り過ぎ、最後の
路地を左へ登ってください。


最後の路地は、大武川橋を渡る直前の国道へ戻ります。もちろん昔の橋はありませんので
国道の橋を渡り大武川を越えます。


大武川の向こうに見える丘が舞鶴の松がある、萬休院がある丘です。
その右から流れてきた釜無川と左から流れてくる大武川がここで合流します。
大雨のときなどは、かなりの水がこの橋を流さんばかりに流れてゆくことは、
この日は想像すらできない穏やかな流れが橋の下を流れていました。


橋を渡って、すぐ左、横断歩道のあるわき道へと入ってゆきます。
田んぼの中のみちをカーブしてゆくと、
下三吹の集落へと入って行きます。
火の見やぐらを左に見て長い蔵(写真右)の前を通過してゆきます。


日本橋から166kmの地点、二つ目の小さな交差点(写真左)を右折するのが甲州道中。
右折して100m行くと甲州街道と萬休院への道との
分岐(写真右)になります。
萬休院へは寄らないという方は、このままこの交差点を真っ直ぐ進みましょう。
我々は、名所の舞鶴の松を見るために左に曲がって萬休院への登ります。


そのまま車道を登ってゆけば420mほどで萬休院ですが、こっちのほうが近いぞ
とばかり石の階段を登って山へと入ります。林の奥には
蚕玉大神が祀られ、
道はここで行き止まり。来た道を戻るのも辛いので、そのまま山の中の藪を
突っ切って進むと畑地に出て、その先に萬休院が見えてきました。


萬休院の素晴らしい庭園の向こうに現れた舞鶴の松は残念なことに枯れ果てていました。
何でも松食い虫の被害に遭ってしまったということですが、天然記念物のため役所への申請を
待っている間に枯れてしまったと、対応の遅さに憤りを感じていると、関係者は言っていました。
甲州街道のどのサイトを見ても青々とした枝振りが掲載されていたのですが、2007年6月現在の
松は、こんな悲惨な状態となっていました。しかし、下のほうの枝の一部が青く復活している
様子が見られたことから、もしかしたら病気に打ち勝つかもしれません。次回を期待します。

 
 
舞鶴の松は、その後伐採され、樹齢100年の3代目に変わりました。
小松@上尾市さんに情報と写真をいただきました。


萬休院境内には、こんな「
あくしゅ観音」もあります。小仏峠以来の筆者登場です。
その先へ進むと天然記念物の
ツバキの生垣があります。この生垣は明治の中頃に
植えられたもので樹齢は100年を越えています。生垣を抜けると来た方角と反対に
降りる舗装路がありますので、そこから甲州道中へ戻ることにしましょう。
どうしても街道を歩きたい人は、先ほどの交差点まで戻っても良いでしょう。


萬休院の丘の下を真っ直ぐ甲州街道は進みますが、松を観に登った我々は、
250mほど余分に歩いた計算になります。急な坂道を下ってゆくと、道は
S字カーブとなり
甲州道中に合流します。そこには反対側から来た人でも萬休院の入口と
分かる大きな石碑がありました。降りた集落は小さな三吹の街、あっという間に抜けます。