地図をクリックで印刷用A4版PDFダウンロード

車で走ったり、電車に乗ってこの場所はよく通るところですが、
国道と、高速、中央本線の関係がこうなっているとは気がつかないものです。
国道では、緩やかに登ると、左に松明を焚いたほうとうの店があったことを
思い出します。また、中央自動車道では東京から走ってきて、上り坂の
途中にある双葉SAはよく休むところです。現在も昔も、この竜王の丘は
厄介な丘だったようです。旧甲州街道では、釜無川に近づかず、赤坂を
一気に上るコースを取っています。東海道の牧の原台地でも同じように
一気に登る街道がありました。道を作る側も、旅する人も短いほうが
合理的だったのでしょう。我々も汗をかきこの丘へ進みます。



左が、竜王駅前交差点から64m先の竜王新町交差点。ここで国道と別れ右へ入ってゆきます。
60mも進むと、右に井戸のような物がありその上に説明版があります。それによると
ここは、
竜王新町下宿道祖神場と言うそうです。ここには三つの古跡があり、町の人々に
より大切に保存されていました。

 
  古跡保存標識

 1、名称「竜王新町下宿道祖神場」
 ※(1) 道祖神、丸石神体径45cm(銘)衢神、文正文七申極月、氏子中
   (2) 白檀古樹(種別大木)目通130cm 樹齢約200年、主幹奇形
   (3) 古井戸、明治初年掘削、コンクリート巻、枠径96cm近辺共同井戸、現不使用
 2、所在地 竜王町竜王新町元免許325-2番地(地積6坪)

 3、由来
   ここは江戸時代村人の互助的な集会協議実行の場所として地域発展の基点となった
  「寄り合い場」である。村の道路に河川、農産、慶弔交際または、盆、正月、祭り、相撲大会
  などすべてのことがここで民主的に協議されたものである。
   ここ往時五十坪の地積であったが大部分が道路用地となったのでこの由緒ある地積を保存すべく、 
  昭和八年小菅貞三氏等の主唱により大蔵省から払い下げ、十人の共有地と なっている。
   以上の理由により、町内にも他に例の無い地域発展の基点であった貴重な古跡であることから
  これを将来に保存すべく「保存標識」を設置するものである。
  
        平成二年十一月 竜王町竜王新町五区




こちらの井戸は、竜王新町交差点から270m入った左にある、称念寺境内にある
お休み井戸です。正式名称はくり抜き石枠井戸と言って甲斐市の指定文化財に
なっています。現存するものは極わずかで、上水道が引かれるまで付近の
生活用水として使われていました。また、江戸時代には甲州街道を旅する人々が
赤坂を控え、また下ってきてのどを潤したことからお休み井戸と呼ばれていました。


称念寺から100mほど進むと、
JR中央本線の踏切となります。右側はすぐ竜王駅で
左を望むと、800m先の釜無川を避けるためのカーブまで見えます。


距離、700m。標高差は海抜280mから350mまでの70mこれを一気に登るのが赤坂です。
平坦な街道歩きに慣れてきた我々の前に現れたその坂は、壁のようにそそり立ちます。


小仏峠や笹子峠を越えてきた足ですが、このアスファルトの急坂は少しこたえます。
しかし、振り返ればご覧のような
富士山が、平地にいたときより裾野を広げ迎えてくれました。


赤坂の中ほどにあるのが
赤坂供養塔で、高さ4.3m、幅1.12m、厚さ0.38mと巨大です。
表に刻まれた草書体の名号は南阿弥陀仏とあります。建立年代は安政年間で近隣に
住む38名の名が裏に刻まれていました。彼らが組織した念仏講中が無縁者供養のため
建立したことが刻銘により明らかになりました。もう少し登ると今度は諏訪神社があります。


諏訪大社から勧請を受けた諏訪神社は全国に約2500社ありますが、ここ
竜王の諏訪神社
そのひとつです。正面には平成16年の
秋季御柱大祭のときに建てられた御柱があります。
諏訪大社の御柱祭は有名ですが、村々の小さな諏訪神社でも小さな御柱を曳いて、同じ祭りを
行います。この諏訪神社には、そのほか赤ちゃんが生まれたときの
命名の札が納められていました。
大きなものでは悠仁親王殿下御誕生のものもあり、どうしてその風習が生まれたのか
土地の人に聞いてみたかったが、あいにく誰も境内にはおりませんでした。


諏訪神社を過ぎると益々富士山が高くなり、300mでHAL研究所前に着きます。
ここから坂はだいぶ緩やかになり頂上の
赤坂台総合公園入口を目指します。


公園の入口交差点には見学ができる
クリーンエネルギーセンターがあったのでちょっと寄り道。
山梨県内にある18の発電所の集中監視制御を行う制御所は、自然エネルギー啓発のため
展示室を設け公開しています。展示室には風力、水力、太陽光発電に関する体験型の装置が
あって子供たちなら楽しめそうですが、大人は少し息が切れてしまいました。
外には琴川第一発電所で実際に使用していた
水車があり、大月の駒橋発電所を思う出しました。
また、屋上にある太陽電池での発電量は、この日12kWとディスプレーしてあります。


右に
赤坂台病院を見ながら、更に緩やかに登ってゆくと、ホテルが二軒、その後ろに
セブンイレブンがあり頂上となります。街道はそのまま真っ直ぐ進み、左に下るのですが
もう12時45分、かなりお腹がすいたので、地図で調べておいた牛角へ向かうため
右折して中央自動車道の橋を渡ってゆきます。


街道から牛角のまでは200m。その間、中央自動車道の双葉SA上空の橋を越すのですが
ついに
八ヶ岳の雄姿が見得、何度も登った我々は感動の極みです。
しかし、お腹がすいたので目の前に見えてきた
焼肉の牛角へまっしぐら。


今日は、
石焼ビビンバ定食が私の昼食、もちろん生ビールは欠かせません。


セブンイレブンがある頂上の交差点を過ぎると、高速道路と平行に進む道と、斜め左に
緩やかに下り道に分かれます。その真ん中には
→農耕車優先道路の標識が
ホテルの看板に囲まれ小さくなっていました。旧甲州街道はもちろん
左へ進みます。


鳳凰三山が正面に高くそびえ、眼下には中部横断道が見える坂道を下ってゆくと
少しずつ蔵のある家が出てきます。右側にはきれいな水の流れるよう水路が平行します。


枡形のようなカーブを曲がると、反転、道は登り坂となり、中山道の茂田井宿のような
風景が現れ感動しました。ここは下今井で
寺町と呼ばれている地域です。

左はその寺町の自性院。この石畳は明和二年(1765)
からのものと言うので240年ほど使い込まれています。
右からの道を迎え寺町は下今井上町の信号で
終わります。高速の下をくぐるように進みましょう。

高速をくぐったら、右の小さい道を進み、車の通りの少ない
トンネルで中央本線を越します。
このトンネルも明治期に作られたと思われ、煉瓦を使い、しっかりとした造りになっています。
トンネルを抜けると道が回っているように複雑になりますが、街道は右の壁触りながら進むように
行くと、この
子供のレリーフのところへ出ますので、これを確認の目標として進んでください。