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とうとう最大の難所も下りになりました。.県道を行けば、かなり長い距離になるところ、
地元の方のご尽力で街道が復活し、楽しい道となりました。
青いルートは旧道なのですが、どうしても入り口を発見出来ず諦めました。


清水橋を過ぎ、県道を下って大きなカーブを二回曲がった後、右側に
桃の木茶屋跡という標柱があります。難所を越えホッとした旅人が寄るのでしょうか。
または、これからの難所に備え旅支度を整える人が寄ったのでしょうか。
もしここに今でも茶屋があったら、きっと私たちも昼食タイムを取ったでしょう。
青いルートは、この先から笹子沢川を渡り、右岸を進むことになりますが、
私たちは、どうしてもそのルートを発見出来ませんでした。左岸を下りながら
右岸方面を観察してみたのですが、やはり道らしいものはありませんでした。
仕方なく、駒飼の宿までこのまま県道を降りることにしました。
やがて右の写真の
大持沢橋を渡ると、左の高いところに人家の気配。
それは、
飯田コンクリートという会社で、山の中に広い土地を使って生産してます。


右側が開けてくると、もう標高は700mほど。峠から東京タワー分下ってきたことになります。


駒飼宿の集落が木立の間から見え隠れするようになったら、峠道も終わりに
近づいたことになります。右に左にと大きなカーブを曲がって街に降りてゆきましょう。


宿場の入り口に架かる
天狗橋です。手前右には津島大明神という小さな祠が、
橋を渡ると右側から小径が合流しますが、おそらくその昔は
これが甲州街道だった
のではないかと推測しました。また、この場所には昔甲州屋と日川屋という店が
あったと記録が残ります。難所を無事越えた人の最初の茶屋だったのでしょうか。

駒飼宿

駒飼宿入り口右側には、真新しく小さな
芭蕉句碑がひっそりと佇みます。

秣負ふ 人を枝折の 夏野かな

この宿場から、伝馬のための秣(まぐさ)を採りに笹子峠へ入った村人が
夏草が茂り帰路が分からなくならないよう枝折(しおり)を付けて帰ってくる
様子が目に浮かぶ句と感じましたが、みなさんはいかがでしょうか。

少し進むと右側に忽然と消火栓が現れました。その隣にある白い標柱が
脇本陣がここにあったことを旅人に知らせています。
ここは
富屋脇本陣跡で、駒飼宿には本陣と脇本陣がひとつずつありました。


本陣跡には駒飼宿の案内板が
あります。大きい写真はここを
クリックしてください。

宿場を少し進むと、やはり左側に本陣跡がありました。写真の黄色い矢印が
その標柱です。ここは、
明治天皇の小休所跡にもなっていました。大きな敷地には
何もなく、古い樹木に名残をとどめるだけです。


黄色い銀杏と、赤いモミジは、大きな萬霊塔の後ろにある
国宝山養眞寺です。
その先で街道は、県道から外れ
左下へと分かれてゆきます。
このまま台地を進むと、川までの傾斜がきつくなることと川が大きくなって
しまうため、そうならないうちに川を渡るため街道はここで川に向かうのでしょう。
何の変哲もない場所なので見落としがちですが黄色い矢印へ下りましょう。


藤屋、塚本屋、柏屋、大黒屋と旧家が並ぶ素敵な小径を下ってゆくと
大和十二景甲州街道」や「旧甲州街道」の標柱に迎えられ、やがて道は
集落を離れ何度も渡ってきた笹子沢川を渡る
小さな橋に出ます。

大黒屋さんの2軒先に「古民家 大黒屋 SANGAM CAFE」が
2011年5月1日にオープンしたそうです。個室ではありませんが
宿泊もできるとのこと。 情報提供は伊吹さんです。



橋を渡り、緩やかなカーブを曲がったとたん、目の前に巨大な橋が現れました。
これは笹子トンネルに入る直前の
中央自動車道の橋で、上下二本に別れ
旧甲州街道の上空を占領しています。休日の夕方ともなれば、この上は
東京へ向かう車の列が並び、小仏トンネルや高井戸料金所の渋滞を
気にするドライバーの目には、この下の甲州街道は映りません。手前の下り
車線を走るドライバーも、速度規制のある長かった笹子トンネルを抜け
開放感に溢れオービスを気にしながら快調に飛ばす場所がここです。
次に中央自動車道を走るときは、ぜひこの下を通る甲州街道を思い出してください。


橋をくぐるトンネルを抜けると、宿場で別れた県道が右から迫ってきます。
真ん中の写真は、その県道の
バス停「笹子峠入口」を見下ろして撮ったもの
ここには日影地区と彫られた石碑と、甲州街道周辺案内図があります。
しかし連絡する道がないのでそばへは行けません。県道と平行して甲州街道は
国道20号線へ向かいます。国道の交差点「大和橋西詰」へ出る直前で
県道と合流します。逆から来た人は、国道から入ったらすぐ右へ入りましょう。


笹子沢川は、ここで日川と合流し、やがて笛吹川となり、更に富士川となって
東海道五十三次で渡る富士川橋をくぐり駿河湾に出ます。
現在12時37分、町へ出て昼食と決め込んでいた我々は、国道を戻るように
甲斐大和駅へと向かいました。

甲斐大和 うえのや

大和橋西詰
から国道20号を笹子トンネル方面へ戻ると770mで甲斐大和駅ですが、
ちょうどその真ん中の国道沿いにあるのが
、お食事処のうゑのやです。
この先は国道歩きですが、勝沼まで食事が出来そうな店が無いと踏んでここまで着ました。
オヤジさん一人で一生懸命作るので、少々遅いのが難点ですが、味は大したものです。
カツ丼や天ぷらそばはご覧のとおり、ビールもいただきご機嫌な昼食となりました。


満腹になったところで、国道を360m戻り、先ほどの
大和橋西詰にやって来ました。
ここはエネオスのガソリンスタンドがある交差点で、日本橋から118km地点です。
笹子峠を越えてきた人で、ここで終了の方は、甲斐大和駅へ向かってください。
また、我々のように勝沼へ向かう方は、黄色のように国道を左折します。
230m進むと日川を渡る
立合橋で、歩道が無く危険なので左を行きます。


そのまま国道の左を進むと、こんな立派な人道橋がありました。渡ると甲州道中
鶴瀬宿ですが、その手前に石碑があり金岡自画地蔵尊碑とあります。
これは巨勢金岡という大和絵の祖が、この地の岩に地蔵尊を描いたのですが、
それは平安の時代、江戸時代には風雨に晒されすっかり線が細くなり、
普段は見えず、水をかけると浮かび上がり、人々を驚かせました。
その岩も洪水で流れてしまい、今はこうして石碑にその名残を留めるのみです。