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白野宿から国道へ出て、100m進むと
原入口バス停があり、右へ入る道が現れます。


原入口から斜めに入りJRの高架橋をくぐったら左に進みます。
ここから
原の集落で、1200mほど旧道が続きます。
この日も同好の士と遭遇し、我々が追いつくことになりました。
この原集落には、中央自動車道の
笹子バス停があり、甲州街道から
5分ほどで行けます。また、バスも毎時17分・47分の2本有り、JRと
同じで場合によっては、ここから高速バスを利用し新宿に帰るという手も有ります。


やがて道は線路から離れ、萬霊塔を右に見て、笹子町原公民館の前を通ると、
この場所へやって来ます。右に稲村神社が有る場所の左に親鸞上人念佛塚があります。

親鸞上人念佛塚旧跡 稲村神社

   親鸞上人念佛塚の旧跡

  
去る程にこの前方の低地が昔時、甲斐沼地としられた葦ヶ池なりしと伝へる。
 其の池の總面積は最大時は三丁歩余り葦ヶ窪郷の四分の一をしめてるとの説も伝へられる。
 鎌倉時代、西暦一二二五年代浄土真宗の開祖親鸞上人が甲州等々力の積舎萬福寺に参
 詣の帰路、此地の地頭、北面の武士、小俣左衛門尉重澄宅に立ち寄りしところ葦ヶ池にま
 つはる毒蛇済度の祈願をこんせいされる。
  葦ヶ窪の地頭小俣左衛門尉重澄には「よし」なる娘有り、たまたま京より来りし半僧修業僧、
 晋挺奈良興福寺法性宗の高僧行基が造った、阿弥陀海の阿弥陀堂にこもりて断食修業中
 その晋挺に心をよせしが僧業の身には女性のその意を深く説得され其の意の通ぜさるを
 嘆き悲しみこの池に投身若き生涯を果てしときく。
  地頭のこん願に依り上人供養三七二十一日間小石に大字の名号を墨書きし、池中に投入す
 るや、「よし」の霊は成仏済度され池中に異様な轟き有りて「よし」の霊は観世音大士の姿と
 なり、上人の池中に投入れた、小石が白虎を帯びて先達となり郷人の驚き騒ぐ中 東南の空
 高く消え去りて遠く、伊豆の手石浜に落ちしと伝へる。今も手石浜の阿弥陀「くつ」には、参詣の  
 人の絶え間なしときく。
  池には葦草が群れ、低地なる故に葦ヶ窪の地名起源と伝へられる。
 葦ヶ窪の地頭小俣左衛門尉重澄は後に、親鸞上人の徳を慕って出家僧行を積僧唯念と稱し
 真木菩福寺一世開山となる。又此の時期、太布乃名号で知られる、龍泉寺 寺の下の
 作太郎も上人の徳を慕って僧業し、永讃坊乗信として、真木福正寺三世住職となる。
 両寺共教行信證浄土真宗なり                        合掌


稲村神社の角は、滝子山への登山道入口で、笹子駅で降りたハイカーは
この神社の角で曲がり、山へ向かいます。街道は真っ直ぐ行くとJR中央本線の線路に
突き当たり
行き止まりとなってしまうため、この場所でJRをくぐるトンネルに向かって左折します。


JRの小さなトンネルをくぐる手前左側の畑の片隅に葦ヶ池由来という石碑が
建っています。「よし」が恋いこがれ、その恋を成就出来ずに身を投じた池は
ここに有りました。たまたま歩いていたご婦人に聞いたところ、中央本線が
出来てもしばらくはこの辺りに大きな池があり、やがて開墾され畑となったのは
そのご婦人が子供の頃だったそうです。トンネルを抜けると右に
JRの土手
伸び、この土手により旧道が失われたことが、その続きの道から推察できます。


国道に戻って笹子川沿いに730m行くと、国道は笹子川を渡ります。
その正面には大きな施設があり、近づくとそれが
笹一醸造元と分かります。
いつでも蔵見学が出来るとあったので、早速寄ってみました。


醸造所の入口では職人さんが酒林(さかばやし)を作っていました。
もちろん見るのは初めてだったので、あれこれと話を聞きながら工程を見学。
話によると、酒蔵では昔から新酒が出来ると真新しい酒林を軒下につるし
近所の人々に新しい酒が出来たことを知らせていました。酒林は月日と共に
枯れた色に変化するのですが、これがまた酒の円熟味を表す印となるそうです。
酒林の色の変化によって、酒の味の変化を表す重要な看板とのことでした。

今日作っていた酒林は直径60cm程のものでしたが、脇には軽トラック一杯の
真新しい杉の枝があり、これ一つ作るのにそのくらい必要とのことでした。
元々酒林は奈良山辺の道にある大神神社が醸造安全祈願をした全国の
蔵元へお布施として配布したのが広まったものです。西洋にもぶどう酒
造りで同じような風習が有るそうです。ちなみにこのサイズの酒林を
ネットで購入すると5万円ほどするようです。


醸造所の入口にはまた、御前水と呼ばれる水が湧き出ていて柄杓で誰でも
飲めるようになっていました。御前水と言われるのは明治天皇が京都へ向かう際
側近達の水質検査に合格し天皇が呑まれたことによるものです。
我々も柄杓でその冷たい水をいただきました。笹一の酒造りにも使われている
その水はミネラルが豊富と言われる程に硬くなく、美味しい水でした。

工場見学も案内のお姉さんに付いて、米を研ぐ工場へ入りました。
一つ500kgは有るでしょうかフレキシブルコンテナに入った
秋田米や近江米
たくさん積まれていました。来週には新酒が蔵出しされ新酒祭りが催されると
言われ、一週間早かった我々はがっかりして工場を後にしました。


試飲会では残念ながら昨年のお酒をいただいてきました。
しかし口当たりが良く、美味い酒だったことは確かです。


猿橋宿のページで見た
紅富士太鼓道場の太鼓はここ笹一醸造元に有りました。
直径4.8m、長さ4.95mの世界一の太鼓は圧巻です。
この太鼓は世界平和太鼓と言い、平成6年淡路阪神大震災の折り、大月の若者と
共に壊れた家のビニールシート張りボランティアを一ヶ月に渡り行った石岡博美氏の
発案で作られたものです。これまで、アメリカ、台湾、ネパールなど海外でも公演してます。


笹一醸造元から350mで本日のゴールJR中央本線笹子駅です。
この先中央本線は笹子トンネルに入り、甲斐大和駅まで駅は無いので
甲州道中最大の難所笹子峠越えに備え、ここでひとまず終了。