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鳥沢に降りてくると桂川はその川幅を広げ豊かな河岸段丘を形成しています。
鶴川が標高200m、犬目宿の500mに登って再び300mに降りてきました。
と言うことは、桂川はその間100mも高くなったということで、日本の川が急なことが
分かります。鳥沢宿の正面に見えてきた山は
標高544.6mの独立峰で、その下を
JR猿橋トンネルが貫き、山の向こうがこのページのゴール猿橋宿になります。
街道歩きの醍醐味は、あんな遠くの山の向こうへ行くのにどのくらい時間がかかる
のだろうと思っているよりかなり早く到達できることで、今日の場合時間も
かからず行ってしまうことになります。


鳥沢宿は国道20号線に面した宿場で、上鳥沢宿と下鳥沢宿の二宿がありました。
駅から向かうのが上鳥沢宿で、この辺りは宿場制定の時から
道幅を広く作ってあったので
国道が来ても宿場の建物はそのまま残った珍しい宿です。したがって国道の両側に
どっしりとした古い家並みが残ります。セブンイレブンを過ぎた当たり右側には
明治天皇駐蹕地碑があります。蹕(ちゅうひつ)とは蹕(さきばらい)を駐めるという
意味で、明治天皇の碑の中では珍しい表記です。この碑がある場所は、
井上本陣の跡です。
宿場に似合わないビーチパラソルがあり、何だろうと覗いてみるとこの辺りで採れた
野菜の無人販売を行っていました。新鮮で美味しそうな大根が並びます。


2〜3分進むと右側に三栄工業株式会社の看板が現れ、ここを右にはいるのが
甲州道中です。入ってすぐ右手には古い墓が並び、左には大きな会社が現れます。


三栄工業社屋の前で
同好の士に追い越されました。我々より年輩と思われる
方なのに凄いスピードで走り去ってゆきます。どうやら街道ウォーカーは人数が
少ないほどのんびり歩くようです。やがて右手に
馬頭尊の碑を見ると
道は土石流危険渓流と看板のある
横吹沢を渡ります。
その後上り坂となり、右上には黄色い建物の
横吹団地が現れました。

緩い坂を下って行くとほどなく
国道へ再び合流します。
この横吹の旧道は513m。
合流地点には眼下間近に
桂川の流れが見えます。
正面の対岸には猿橋の
四季の丘という新興住宅
が家並みを広げています。

食いしん坊の我々が喜んだのは、国道沿いの何の変哲もない場所に
弁当総菜の店きたむらを発見したからです。駐車場があるわけでもなく、
民家があるわけでもないこんなロケーションに、何で弁当屋さんがあるのか不思議です。
早速
野菜コロッケ52円を買って食べながらの街道歩きとなりました。
これがまた値段からは考えられないほど美味く大満足でした。


弁当屋さんから300m、左手に鳥沢消防団の
火の見櫓が見えたら正面の
前田商店
を右に入ります。この旧道は延長200mと短いもので
つい見落としがちですが趣のある道なので是非入ってみましょう。


入って30mで道は
Y字路になり分岐しますので左へ進みましょう。
いろいろなガイドによると、この赤い物置のある場所で
畑の中の小径
国道へ向かって降りるとありますが、後にこの先終点まで行っても国道へ
戻れることが分かりましたので、みなさんは是非最後まで進んでください。


新しい狭い歩道で国道へ降りて行き、すぐに宮谷橋に着きます。この国道の橋と
平行して右側に水路橋があり、そこから先ほどの旧道は階段で下りられるように
なっていました。反対方面から来た方は、宮田に橋を渡ったら水路橋の際を
登ってください。もし行き過ぎたら我々が降りてきた狭い歩道を登れば旧道に出ます。


水路橋には東京電力の看板があり、水力発電所の放水路のようですが、
付近に発電所は見あたりません。明治時代の煉瓦造りのようで構造物としての
歴史を感じさせるもので、現在でも懇々と水は流れています。
ここから猿橋入口まではちょっと退屈な国道歩きが900m続きますが、
面白いものを発見したので紹介します。道路の反対側には
ウルトラマン
いました。タロウ、セブン、レオと共に並んだウルトラマンは、きっとここを通る
子供達の人気者だったのでしょう。是非ネクサスやマックス・メビウスも仲間に加えてください。


宮谷入口の信号の下には先ほどの水路が覆いの下を流れています。
狭い歩道を進むと
蛇骨沢を渡り、常夜灯のある七面大明神の石碑の下を通過します。


真っ直ぐ甲府・勝沼・中央道、右小菅の道路標識が現れたら、それにしたがって
小菅方面へ進みましょう。真っ直ぐ行くと新猿橋なので間違えないように。
旧道にはいると居酒屋食堂
仙台屋から道は緩い下りになり石積みの柵が
現れたらそこが日本三奇橋の猿橋です。


甲州猿橋 お山の猿が お手々つないで かけた橋 野口雨情

猿橋や 月松にあり 水にあり 芭蕉

雨情をはじめ芭蕉などの文人、広重や国定忠治にも愛された猿橋は、
甲州街道ができた江戸より更に古く、七世紀に建てられたのではないかと推察されています。
当時、日本に渡来した百済の職人が、猿が梢づたいに川を渡るのをヒントに作ったと
言われ、橋の長さは31m川面まで30m、両側には紅葉の渓谷美が広がります。
現在の橋は昭和59年に総工費3億8千3百万円かけ架けられたものです。


甲州道中は、この猿橋を渡ることができます。橋から下を見ると背中がゾクッとするでしょう。
左の写真は渓谷の下流側、右が上流側になります。あいにく空は曇りで、もう少し日光が
あれば、渓谷の紅葉の映えることだったでしょう。


橋を渡ると右に案内板があり、更に下へ降りる歩道があります。
その歩道を進めば猿橋公園に至り
大月市郷土資料館があります。
しかし我々は甲州道中を忠実に進むため国道へ向かいます。
正面には
忠治蕎麦の大黒屋があります。この大黒屋は国定忠治が逗留し
広重も昼食をとったという古い店で、現在でも同じように営業していますので
休憩にはもってこいでしょう。公衆トイレもありました。
家並みを抜けると国道と「合流します。信号の名は
新猿橋西です。
信号を右へ、大月方面へ向かいましょう。