ここは少し短く、小仏の下り方を紹介しましょう。この地図はPDFに
なりませんが、必要とあらばページごと印刷されるのも良いでしょう。
青い矢印の数字は、以下の写真黄色い数字とリンクします。
一瞬迷いやすい道ですが、道標がしっかりしているので、それを頼りに進みます。
この地図の茶色の枠で囲まれた文字が、現地に付いている道標を模したもの。
こんな道標を探しながら国道20号へと下って行きます。

美女谷
美女谷の美女とは誰のことかご存じでしょうか。それはあの中山道でも出てきた
照手姫のことです。小栗判官の伝説で有名になり、中山道では青墓で登場します。

相模風土記稿には、

旧説に、往昔是處より美女出ければ、遂に地名となると云ふ。
今其事実を探るに詳なることを知らず。


と紹介され、その照手姫がここで生まれたことを物語っています。
ここには現在でも照手姫が顔を洗った沢や、子孫が住む家もあります。
 
鉄塔を左に見ると、道は尾根から外れ杉林の急斜面をジグザグに下ります。
中央高速と同じ標高になり、正面には、小仏トンネルへ向かう車列が見えるように
なりますが、新緑が多いこの季節はちょっと見にくいかも知れません。
やがて突然
1此の写真の場所が現れます。舗装された車道が眼下に見えたら
長かった登山道も終わりです。
そのまま進むとの風景、は車道に出たところから降りてきた登山道を
振り返ったところです。車道に出たら底沢バス停1.7kmの道標を頼りにそのまま
少し進みます、すぐに
の場所に出ます。ここには甲州古道底沢の道標があり
甲州道中の迂回路は右折とありますので、そのまま車道を進まず
Uターンするように進んでください。右の藪の中に仮設階段があり、そこから
降りてきた方が近かったことを感じさせますが、登山道から車道に出たところでは
その階段は見えないため、このように大回りして底沢バス停に向かうのが良いと思います。
少し広くなった車道を進み森が開けると、正面に中央自動車道の高架が、左に
中央本線の
線路が見えてきました。で高架をくぐる場所になりますが、その高さに
驚かされます。いったい何m上空を車は走っているのでしょう。
よくこの高速を利用しますが、小仏トンネル手前にこんな高い場所を走るところが
あったなんて知りませんでした。車から見ると感じることはできません。
やがて道は8のT字路へ、ここにも道標が二つ。甲州古道美女谷と底沢バス停1.0kmの道標です。
逆に歩いている人には小仏峠2.5kmと書いてあります。ここを右に行くと
美女谷温泉
甲州街道は鋭角に左折し中央自動車道の高架の方へ向かいましょう。もう一度高架をくぐった
直後、右側に小原宿への
道標があり、その後ろに、こんなことが書かれています。

甲州道中はここを登り中央自動車道の下を通り、樋谷路沢を渡って
小原本陣脇に出ますが、今は通行不可能です。


その後、小原本陣内にあった古地図を見ても、中央自動車道が出来る前は
この辺りに甲州道中はあったようですが、高速の基礎工事でその道は
消えてしまったようです。我々も無理をせず、車道伝いに底沢バス停を目指しました。
10の位置から来た道を振り返ると、鉄塔から降りてきた道が推測できます。
高速道路も鉄道も、この底沢を最後に小仏峠を越えるためにトンネルへ入って行きます。
やがて線路が近づき、甲州道中と同じ高さで平行に進み、道が下がり始めると
中央本線をくぐり右へ線路と同じ方向へ進みましょう。線路を支える煉瓦の壁は
明治時代のものと思われ、意匠が素晴らしい壁が続きます。
登山道が終わってちょうど30分で底沢バス停に出ました。底沢バス停は国道20号にあり、
左が底沢橋で、大垂水峠を経て西浅川の両界橋へ戻ります。我々は国道を右へ向かい
相模湖方面へ向かいましょう。
大月へ31km、相模湖へ1kmの道路標識を見ながら国道を300m行くと右側に小原の郷という
相模原市の施設があります。ここには駐車場があるので、小原本陣を見学する人のための
施設と思われますが、トイレもあるので、甲州道中の旅人も活用したいものです。

  
  小原本陣


   与瀬村に属していた小原宿は、江戸より16里、14番目の(布田5宿を1宿とすると9番目)の
  宿場として設置されました。宿場には本陣と脇本陣、7軒の旅籠と宿内29軒が軒を並べていました。 
  宿東端に御高札所があった小原宿は、西方与瀬宿を通り越し小仏宿へ継ぐ宿場で、小原宿、
  与瀬宿ともに片継宿場でした。家並みは街道の両側にあり、用水は大久保沢川の樋谷路沢より
  240間の樋を懸けて渓水を引き宿中を流しました。飲料水は水道のように各戸に導水し管理して
  いたことは、他の宿場にはみられない事でした。中野、底沢は枝郷であり、千木良村、寸沢嵐村、
  若柳村は助郷村で、他に13村が加助郷村として伝馬人足を供給しました。往時の甲州道中の人馬
  継ぎ立は、25疋25人でした。ちなみに東海道は100疋100人でした。

   現在の本陣は、往時と変わりなく4層のカブト造りの入母屋風の建物で、定紋のついた敷居の
  高い玄関がある間口13間、奥行7間91坪の純日本風の豪華な建物です。小原本陣は、神奈川県下
  26軒あった本陣で現存する唯一の建物です。平成8年2月13日、神奈川県教育委員会より神奈川県   
  重要文化財に指定されました。現在の建物の建造年代は定かではないが、およそ200年経過して
  いるものと思われます。大名止宿の本陣らしい特色として、お座敷風の厠(便所)、湯殿(風呂)、
  大名が使用した「上段の間」には欅の1枚板が使われていた床の間があり、縁の下からはずせる
  忍の止宿の動静を探る仕組みになっていました。上段の間に続く部屋が、側近や家老などの
  「控えの間」です。さらに、畳が敷かれた15畳が1間、8畳が3間、6畳が3間、4畳が3間、2畳が1間と
  15畳ほどの板敷きには、かつては馬を繋いだといわれる広い土間があり、勝手には古色蒼然とした
  自在鍵のさがる囲炉裏があります。上段の前庭には松の木、泰山木、木蓮などの老樹、檜、かや、
  ドウダンツツジの巨木が由緒ある本陣の生証人のごとく見守っています。
  
                                          小原本陣パンフレットより

小原本陣は、入館無料。月曜日が休館で開館時間は9時30分〜16時。ただし、
11月〜3月は15時までとなっています。日野本陣、花咲本陣と並び、甲州道中
現存の貴重な本陣、時間を合わせ是非ご覧になられることをお勧めします。
この日は、他に見学者はなく我々3人の貸し切り状態、上段の間に座り、庭を
じっくり拝見しました。つい最近までこの本陣はおばあちゃん2人が住んでいたのですが
相模原市に管理を委託したそうで、その生活の跡も垣間見えます。
2階は蚕室で、今は昔の道具など展示してあります。
通用口を入ると、あの蒲田行進曲で銀ちゃんが落ちた階段を思わせるような
大きな階段があるので注意して登ってみましょう。
本陣の向かいはセブンイレブン、西浅川以来のコンビニなのでちょっと飲み物でも。
店の前にはロードレース仕様の女の子が一人休んでいました。これから
大垂水峠めざし帰路に就くのか、少々疲れた様子で国道を登ってゆきました。
宿場外れには
南無阿弥陀仏碑小原宿碑がひっそりと建ち、短い宿場の終わりを告げます。
中央自動車道の相模湖東出口の高架が国道を横切る辺り、旧道は少し
怪しくなります。左写真の広場へ降りる道に
与瀬宿への道標があり、古地図と
合致します。この広場を横切り向かいの小径を右に登れば、再び国道。
高架下の横断歩道を渡り、旅館ひらのがある脇道を登るのが甲州道中です。