甲州道中(甲州街道)〜三宅坂〜


甲州道中 地図 三宅坂
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桜田門より国会議事堂皇居外周はジョギングコース
柳の井戸、桜の井戸

桜田門からは、桜田濠に沿って、坂道を半蔵門に向け登ってゆきます。
途中、
憲政会館の前には日本水準原点があります。ここは明治の陸軍参謀本部跡地で
当時この機関が地図を作っていたため、ここを原点としました。標高は
24.414mです。
憲政会館の場所は、最初加藤清正の屋敷があり、その後井伊家の屋敷になりました。
明治時代にはいると陸軍が使い、戦後は憲政の神様と言われた尾崎行雄の資料館に、
それが、憲政会館です。三宅坂の信号へ戻って、再び濠沿いに坂を登って行きましょう。



左の写真は最高裁判所です。昔この辺りに三河の国田原藩主の三宅さんが住んでいたので
この坂が三宅坂と呼ばれるようになりました。田原藩主の家来には渡辺崋山がいます。崋山は
ここ三宅坂の田原藩邸で生まれ、12歳の時、薬を買いに行った日本橋で、備前岡山の池田候から
受けた辱めから志をたて学問と絵の修行に打ち込むようになりました。そんな貧しい武士の倅だった
崋山もこの坂を何度も通ったことでしょう。FM東京本社ビルを過ぎれば坂も終わり、半蔵門です。



半蔵門は、言わずと知れた
服部半蔵が徳川家康に警護を任された門です。
それは本能寺の変の時、わずかな伴だけで堺にいた家康を、無事三河まで送り届けた
功績が評価され江戸城の機動隊と言える存在になりました。今でもこの門は閉鎖されており
入口には半蔵門警備派出所があり、機動隊が常駐し警護に当たっています。
この前の交差点を甲州街道は左折し、新宿方面へ向かいます。



半蔵門を左折してまず最初に目を引く建物はワコール麹町ビルです。
ここからは
新宿通りとなり、麹町1丁目から5丁目へと1230m進み四谷駅へ向かいます。
またの名を
麹町大通りと呼び、江戸の始めから商店街として開け、大工・左官などの職人から
薬屋・米屋・下駄屋・菓子屋などあらゆる店が軒を並べていました。特に3丁目の北側に店を開いた
呉服木綿問屋の
岩城升屋は間口が65mもある大きな店で、広重の錦絵にも残されています。
この日は、地元町内会の交通安全運動がテントを張っての交通監視を行っていました。
お姉さん二人で、いったい何を監視しているかとても興味があったけど聞けません!




 麹町五丁目

  江戸時代以前、このあたりは矢部村または横山村と呼ばれていました。徳川家康が江戸に入った後、
 現在の麹町大通り(新宿通り)沿いに町屋が開かれ、麹町となりました。通りの南側は谷地でしたが、寛
 永のころ(1634〜1644)、四谷堀を掘ったときに出た土を使って埋め立てられ、町が整備されていきました。
  この界隈が麹町と名付けられた由来については諸説あります。町内に「小路」が多かったためとも、また
 武蔵国府(現・府中市)へと向かう「国府路」があったからともいわれています。
  ここには慶長のころ(1596〜1615)、十五軒ほどの遊郭がありましたが、元和三年(1617)にほかの地域
 の遊郭とともに日本橋葺屋町へ移転して、吉原(新吉原と区別して元吉原と呼ぶ)となりました。
  町屋の北側は寺院、南側は武家屋敷で、安政三年(1856)には、この絵図にも見られるように、栖岸院や
 志摩鳥羽藩稲垣家上屋敷がありました。
  ほかにも、講談で名高い盗賊鼠小僧次郎吉が、江戸時代後期に町内にあった質屋の蔵に盗みに入った
 という話も、町に伝わっています。
  明治時代には通り沿いは商店街となり、町の南側には麹町警察署や消防第三分署などが置かれました。

                                                 麹町五丁目町内会




麹町を抜けると、空が広がり左手に丸い建物が見えてきました。この建物は
聖イグナチオ教会でその裏手には上智大学のキャンパスが広がっています。

イグナチオとは、北スペインで1491年に生まれたイニゴ・ロヨラのことで1537年
イエズス会を立ち上げたときにイグナチオという名前を付け初代会長になりました。
そのカトリック教会で、日本では最大規模の教会がこの教会です。
教会の道路を挟んだ反対側には、
心法寺が有ります。この寺は家康が三河から
江戸に移した寺で、千代田区では唯一墓地を持つ寺です。
教会の先はもう
JR四谷駅。橋の下にはJR中央本線が走っています。


道が四谷駅に差し掛かったら、甲州道中は駅前を通り過ぎ右手に曲がります。
ここが
四谷見附で江戸城の枡形になっています。現在でも寛永十六年(1639)に
毛利秀就(二代目)に造営された石垣が旅人を出迎えてくれます。石垣を正面に見たら
左折して
古い陸橋を渡ります。橋の下は四谷駅のホームで、昔の堀跡に出来ています。
この陸橋は大正二年にできた都内最古の陸橋です。陸橋を渡ったら左に曲がり
甲州街道へ戻りましょう。もうそこは新宿区、
外堀通りの交差点です。



 
常設展示
 1.大地に刻まれた歴史
 2.中世の新宿
 3.江戸のくらしと新宿
 4.近代文学に見る新宿
 5,昭和初期の新宿

四谷見附の交差点から右側の舗道を500m進むと新宿歴史博物館の看板に出会います。
中村ふとん店の角を右に入り、小径を250m進むと、閑静な住宅地にその博物館はありました。
入口側から見ると小さな博物館と思いきや、中に入ってその広さに驚きました。
   五つの常設展示で我々を楽しませてくれました。もちろんトイレもあり、時間が許す方は是非。





新宿歴史博物館から甲州街道に戻り、やはり街道の右側を370m進むと四谷三丁目交差点の角に
四谷消防署の大きな建物があります。ここには消防博物館が併設されていて、またもや寄り道。
東京消防庁の博物館はここだけで、地下一階から五階まで、気合いの入った展示が盛りだくさん。
屋上には子供が列をなす実物のヘリコプターが展示されています。大人でも充分楽しめる
博物館なので、旅の途中ちょっと寄り道する価値はあります。地下は地下鉄と直結で便利です。



消防博物館の10階は、
休憩ルームになっていて、トイレや自販機があります。
上の写真は共にこの休憩室からの展望で、
左・四谷方面、右・新宿駅方面と抜群の眺め。
日曜日でも数家族しか利用していない穴場的子供の遊び場といえます。



消防署の見学が終わったら、通りを反対側に渡り、丸正食品本店前にある
お岩水かけ観音にお参りしてゆくのも良いかもしれません。ビルの一角に忽然とある
観音様には驚かされますが、この辺りは四谷怪談で有名な左門町、ここは一つ
旅の安全を祈らずにはいられません。南無阿弥陀仏!



新宿通りの左側舗道を、そのまま200m進むと、今度はカレーパンで有名なブランジェ浅野屋が有ります。
軽井沢にもある店の本店がここ四谷。1日50個限定のカレーパンをゲットして
新宿御苑で一休みというのも良いかもしれません。