吉野本陣は江戸時代末期、木造五階建てという異様な形をしていたといいます。
明治天皇も、この二階で昼食を取られたと伝えられますが、惜しくも明治二十九年の
大火で焼失してしまいました。東海道、中山道を見てもこのような本陣はなく、
何故、甲州道中の吉野と言う場所に五層楼が立てられたのでしょう。