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1987年6月27日 当時,駿府城は改修の真っ最中。

1987年9月29日 安部川の川会所跡。

 
 安部川の川会所跡

  江戸時代,東海道で架橋を禁じられた川に安部川や大井川などがある。東海道を
 往来する旅人は川越人夫に渡してもらわなければならなかった。
  川越人夫による渡しでは,小型川越えの興津川,中型川越えの安部川,大型川越  
 えの大井川などが,いずれも代表的な存在であった。この川越人夫が人や荷物を渡
 すのを監督するところが川会所であった。
  安部川にも両岸に川会所があった。ここには毎日川役人が勤務して川越人夫を指
 示したり,川越え賃銭の取扱をするほか,町奉行からも川場係の同心二人が毎日出
 張して警備監督に当たっていた。
  この川会所は,間口六間,奥行四間半であり,五人位の裃をた役人が詰めていた
 といわれている。
  ちなみに,安部川の川越え賃は,脇下から乳通りまでは一人六十四文,へそ上は
 五十五文,へそまでは四十八文,へそ下は四十六文,股までは二十八文,股下は
 十八文,ひざ下は十六文であったといわれている。
      昭和六十年一月
                                      静岡市