大津その3

滋賀県庁のお膝元にはいると,旧東海道の案内図が整備されていて歩きやすい。
Y字路が何カ所もあってどちらへ進もうか悩んでいると,案内図が必ずある。
案内図に従って,最後の札の辻を左折すると,路面電車が走る広い道にでる。
これは,京阪京津線で札の辻の200m上で,写真のように山側へ消えてしまう。
更に,350m行くと今度は東海道本線が逢坂山トンネルにはいるところに,京阪京津線が
立体交差するという珍しいポイントに出る。レンガ造りの古いトンネルが美しい。
そのトンネルの脇にあるのが蝉丸神社である。ここは下社で,大谷駅そばに上社がある。
やがて道は,瀬田川大橋から山側を廻ってきた国道一号線に合流する。その先には,
大津トンネルから出て逢坂山トンネルに入る名神高速道路の橋脚が見える。排気ガスを
吸いながら,トラックにおののき,轟音に会話もとぎれ逢坂の関に向かいひたすら登る。
謡曲「蝉丸」と関蝉丸神社

幼少から盲目の延喜帝第四皇子蝉丸の宮を帝は侍臣に頼み,
僧形にして逢坂山にお捨てになった。此の世で前世の罪業の償いをすることが,
未来への扶けになるとあきらめた宮も,孤独の身の上を琵琶で慰めていた。
一方延喜帝第三皇女逆髪の宮も,前世の業因強く,遠くの果てまで歩き回る
狂人となって逢坂山まで来てしまった。美しい琵琶の音に引かれて偶然にも
弟の宮蝉丸と再会し,二人は互いの定めなき運命を宿縁の因果と嘆き合い,
姉宮は心を残しながら別れて行く。という今昔物語を出典とした名曲が謡曲
「蝉丸」である。蝉丸宮を関明神祠と合祀のことは定かではないが,冷泉天皇の
頃,日本国中の音曲諸芸事の神と勅し,当神社の免許を受けることとされて
いたと伝えられる。                        謡曲史跡保存会
車石をデザインした擁壁の国道を蝉丸神社から十五分ほど登ると,逢坂山関址に着きます。
ここで,排気ガスの国道とは少しお別れ,右に延びる旧道へと入って行きましょう。

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