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東海道横田渡
鈴鹿山脈に源を発する野洲川は,このあたりで「横田川」と呼ばれてきました。
伊勢参宮や東国へ向かう旅人は,この川を渡らねばならず,室町時代の資料にも
「横田河橋」の名前が見えています。江戸時代に入り東海道が整備され,
当初は東海道十三渡のひとつとして重視され,軍事的な意味からも幕府の
管轄下に置かれました。そのため,他の「渡」と同じく通年の架橋は許されず,
地元泉村に「渡」の公役を命じ,賃銭を徴収してその維持に当たらせました。
これによると,三月から九月の間は四艘の船による船渡とし,十月から翌二月
までの間は,流路の部分に土橋を架けて通行させたようです。野洲川と支流の
杣川が合流する当地は,水流も激しく,また流れの中には巨石も顔を見せ,
道中の難所に数えられました。「渡」の景観は,往時のガイドブックである
名所図会や絵図にも多数描かれており,旅人で大いに賑わいました。
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ということで,残念ながら現在は渡し船も無ければ土橋も有りません。
仕方がないので,1km弱下流の横田橋を渡って向こう岸へ行くしか有りません。
この常夜灯が建っているところは,十年前と違い公園になっています。
土手には桜も満開で,山並みを背景に素晴らしい景観の場所です。
また,トイレも有りますので旅の方にはありがたいことです。 |
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東京方面から歩くと横田橋には歩道がないように見えますが,反対側に安全な歩道が
有りますので安心してください。橋を渡り,国道をくぐると三雲駅前に出ます。この交差点が
旧東海道で,左に行けば先ほどの対岸にたどり着きます。再び戻ってきて,今度は右の道を
石部の宿目指して有るきまじめます。三雲駅は京都から便がよいので,その日のゴールを
水口にしないで,この三雲にするというのもひとつの手段といえるでしょう。 |
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関東の人には珍しい天井川が迎えてくれます。三雲駅から2km程行くとある大沙川トンネルが
その天井川。道より高いところに川が流れているなんて,全く信じられません。
というわけで,土手を上り絶対川が見たくなるから不思議です。水はほとんど流れて
いませんが,確かに川がありました。川底を見ると山砂が堆積しているのが分かります。
きっと上流の山は,流れ出しやすい山砂が多く,川底に溜まった砂を両脇に浚渫している
うちに,だんだん川が上がっていってしまったのでしょう。 |
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次の由良谷川トンネルも同様の天井川で,満開の桜が綺麗でした。
江戸時代は,この川はどうなっていたのか想像しながら,宿場へ向かいます。 |