2001年4月12日

水口の宿を後にして,北脇畷を3km進むと「左水口宿,右横田渡」という東海道の案内標識がある
小さな川を渡ります。この川を渡り右手の林の中を覗いてみてください。非常に珍しいお墓があります。
土饅頭の墓で,東海道を歩いていても,ここだけでしか見られないものです。この先に朝国という所が
あるので,もしかしたら昔朝鮮半島から渡ってきた人々が,この地に住み着きそれと関連のある墓な
のでは,なんて遠い昔を思いながら進むと,野洲川で道はとぎれてしまいます。ここに巨大な常夜灯が。

東海道横田渡

鈴鹿山脈に源を発する野洲川は,このあたりで「横田川」と呼ばれてきました。
伊勢参宮や東国へ向かう旅人は,この川を渡らねばならず,室町時代の資料にも
「横田河橋」の名前が見えています。江戸時代に入り東海道が整備され,
当初は東海道十三渡のひとつとして重視され,軍事的な意味からも幕府の
管轄下に置かれました。そのため,他の「渡」と同じく通年の架橋は許されず,
地元泉村に「渡」の公役を命じ,賃銭を徴収してその維持に当たらせました。
これによると,三月から九月の間は四艘の船による船渡とし,十月から翌二月
までの間は,流路の部分に土橋を架けて通行させたようです。野洲川と支流の
杣川が合流する当地は,水流も激しく,また流れの中には巨石も顔を見せ,
道中の難所に数えられました。「渡」の景観は,往時のガイドブックである
名所図会や絵図にも多数描かれており,旅人で大いに賑わいました。

ということで,残念ながら現在は渡し船も無ければ土橋も有りません。
仕方がないので,1km弱下流の横田橋を渡って向こう岸へ行くしか有りません。
この常夜灯が建っているところは,十年前と違い公園になっています。
土手には桜も満開で,山並みを背景に素晴らしい景観の場所です。
また,トイレも有りますので旅の方にはありがたいことです。
東京方面から歩くと横田橋には歩道がないように見えますが,反対側に安全な歩道が
有りますので安心してください。橋を渡り,国道をくぐると三雲駅前に出ます。この交差点が
旧東海道で,左に行けば先ほどの対岸にたどり着きます。再び戻ってきて,今度は右の道を
石部の宿目指して有るきまじめます。三雲駅は京都から便がよいので,その日のゴールを
水口にしないで,この三雲にするというのもひとつの手段といえるでしょう。
関東の人には珍しい天井川が迎えてくれます。三雲駅から2km程行くとある大沙川トンネル
その天井川。道より高いところに川が流れているなんて,全く信じられません。
というわけで,土手を上り絶対川が見たくなるから不思議です。水はほとんど流れて
いませんが,確かに川がありました。川底を見ると山砂が堆積しているのが分かります。
きっと上流の山は,流れ出しやすい山砂が多く,川底に溜まった砂を両脇に浚渫している
うちに,だんだん川が上がっていってしまったのでしょう。
次の由良谷川トンネルも同様の天井川で,満開の桜が綺麗でした。
江戸時代は,この川はどうなっていたのか想像しながら,宿場へ向かいます。

石部その2へ続く