岡崎
2000年5月24日

岡崎の街を抜けるのは非常に困難かもしれません。
岡崎には二十七曲という迷路があるからです。
しかし,この迷路が抜群に面白い。
中には現在は民家の庭になってしまっていて,通過できない部分が数メートルあるが,
下のガイドマップを利用してなんとか脱出できることができました。

それでは,楽しい迷路に出発してみましょう。

大きな地図を出します。
岡崎二十七曲ガイドマップ(21世紀を創る会・岡崎)

ここが二十七曲東の入口,気合いを入れて! 町の中ではモニュメントが迎えてくれます
途中で一番目立つ建物は,「岡崎信用金庫資料館」大正6年ルネッサンス様式
岡崎と言えば「八丁味噌」その広さは驚きます 矢作橋を渡れば無事ゴールとなります

 二十七曲を造ったのは田中吉政という人でした。彼は近江の出身で,家康が江戸に移った後,
1590年から1600年にかけて岡崎城城主だった人物です。そして入城後まもなくこの二十七曲
の着工に取りかかったわけですが,その理由が「家康の攻めに備えて」だったというのは,いさ
さか腑に落ちないかもしれませんね。
 実は吉政は豊臣方の武将でした。そして秀吉により江戸という関東の田舎に追いやられてし
まった家康の,後釜に座ったというワケなのです。家康としては恨みつらみもあることでしょう。
対する吉政もいつ家康が攻めてくるかと気が気ではありません。
 そこで生まれたのが二十七曲でした。曲がり角が多いということは,それだけ城への距離が
長くなるということ。また迷路のような道の,どの角に敵が潜んでいるか見当もつきません。対
する吉政側は全てを熟知。間道を利用し最短距離を選び,右往左往する家康軍をワッと襲うこ
ともできます。守るにやすく攻めるに難い道。つまり二十七曲は戦国時代を生き抜くための手段
だったのです。                             (21世紀を創る会・岡崎)


知立へ