
1998年1月24日
関東大震災のとき水田が隆起し現れたのが,鎌倉時代の相模川橋脚
この橋供養に赴いた源頼朝は,落馬し後日それが原因で亡くなる。
お菊塚は平塚駅近くの繁華街の中ひっそり佇む。
お菊は平塚宿役人真壁源右衞門の娘,江戸の旗本青山主膳方で
行儀見習い中,主人愛蔵の陶器を破損,斬り殺される。
遺骸は長櫃詰めにして馬入の渡しで父に渡された。
父は娘を葬り,せんだんの木を植えた。
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| 国道にこんな看板が現れました。 | 旧相模川橋脚は工場に敷地の中に | ||
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| 相模川(馬入川)を渡れば平塚 | 老舗弘栄堂の「ちょんまげ最中」をいただく | ||
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| 平塚駅近くの「お菊塚」はホームレスのマンションに | 平真砂子を葬った塚が「平塚」 | ||
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| お菊塚の解説 | 江戸見付の解説 | 脇本陣の解説 | 高札場跡の解説 |
平塚の地名の由来となった「平塚」は,忘れられたように住宅地の中にある。
すっかり奇麗になった平塚駅と対照的な寂しさがある。